No.1267 ≪「働き方改革」がもたらすもの≫-2023.6.28

募集しても一向に応募がない。給与を上げても反応がよくない。一体人はどこにいるんだろうか?とよく耳にします。今や労働環境のインパクトは極めて重要な経営課題になっています。
最初のインパクトは2008年1月のマクドナルド店長事件です。店長職は残業時間制限のない経営者かどうかが問われた事件ですが、判決は「執行役員や取締役以外は経営者ではない。たとえ役職手当を支給されていても残業手当を支給すべし」となりました。当時はまだ役職手当支給対象者は残業手当を支給しない企業が大半でしたが、この判決で家族手当・通勤手当・別居手当・住宅手当等以外はすべて残業基礎給となり、当然、役職手当も残業基礎給に含まれるようになり、時給が一気に上昇しました。今までは役職手当は「みなし残業代」として認知されています。労働時間管理が企業の命運を左右するようになったのです。
次のインパクトは2015年12月の電通過労死事件をきっかけに世論が喚起され、長時間労働を常識にしていた企業はブラック企業と呼ばれるようになりました。その後、「働き方改革関連法案」の法制化が進み2019年4月に施行されました。施行当初は中小企業や特定業種の特異性を考慮して最長5年間の猶予期間が設けられましたが、それも来年で終了し2024年4月1日より全業種に適用されます。

年間労働時間※(2022年OECD調査)をG7の多い順でみるとアメリカ1811時間、イタリア1694時間、カナダ1686時間、日本は1607時間、イギリス1532時間、フランス1511時間、ドイツ1341時間です。ちなみに韓国は1901時間です。中国は統計がありません。
これを30年前の1990年の労働時間の多い順でみてみると、日本2031時間、アメリカ1878時間、イタリア1864時間、カナダ1797時間、イギリス1618時間、フランス1645時間、ドイツ1578時間です。この30年間で年間労働時間の減少率は日本が最も大きく約20%減少しています。次にドイツの約15%減少です。
※年間労働時間:正社員、非正規社員、パートタイマ―の別なく集計されている。

日本の場合、完全週休2日制で国民の祝日及び盆休や年末年始休暇を含めると年間休日は約120日ですので、実労働日数は約245日、労働時間1960時間になろうかと思います。

では時間外労働はどうかと言えば、独立行政法人労働政策研究・研修機構『国際労働比較2022』が長時間労働者の割合を出しています。実際の残業時間は不明です。これによると日本は2010年の23%から2020年の15%に8%減少しています。労働人口は2022年現在で6900万人ですので、約550万人が長時間労働をしなくなった計算になります。

では、今後の労働時間短縮の流れを考慮して、5年後の時間当たりのコストパフォーマンス、それに見合うビジネスはどうあるべきかを逆算してみましょう。
週休2日制の労働時間1960時間は5年後には週休3日制まで短縮され、残業無し、年間労働日数は約200日を見込み年間労働時間は1600時間となります。2020年の一人当たり平均年収は403万円ですので、今後毎年7.5%昇給するとしますと5年後の年収は540万円になります。1時間当たりの時給を計算すると3375円になります。月に換算すると45万円です。労働分配率を50%とみると、必要な一人当たり限界利益月額は90万円となります。これは損益トントンの数字ですので、これに利益を加味しなければなりません。目安は一人年間経常利益は300万円ですので、月平均で25万円です。一人当たり年間経常利益300万円を確保できる限界利益月額、つまり労働生産性は90万円+25万円=115万円です。労働生産性の目安は一人一月100万円を提唱していますが、5年後には115万円を目安にしなければなりません。一方、社員は今の平均年収403万円の中には残業代も含まれていますので、仮に時間480時間残業していた場合の時給1575円(403万円÷2560時間)に対して、5年後は週休3日制&残業無しで時給が3375円(1600時間)になります。社員は37.5%の時間生産性を向上させなければなりませんし、会社はそれを実現できる方法を構築しなければ経営が立ち行かなくなります。

例え5年後のアバウトな仮説とはいえ、このモデルが可能なビジネスは将来性がありますが、そうで無い場合は別の考え方が必要になると考えます。多くの企業がM&A仲介会社に登録しているのはこのような将来不安の結果かもしれません。

生き残り成長する中小企業は、売上高、売上高総利益、経常利益といった損益計算書だけでなく、社員の待遇や年収や労働時間も考慮した企業体質を再構築しなければなりません。このような改革をするには「ヨソモノ」「ワカモノ」「バカモノ(ヘンジン)」が適しています。

日本が国運をかけるほどの激変がない限り、今の労働環境はさらに進むことはあっても元に戻ることはありません。仕方がないと諦めて後ろ向きにとらえるか、ラッキーハッピーにポジティブにとらえるかで未来は変わります。トップがチャンスだと思うだけでも変化が起きます。会社の製品や商品を見直し、強みを磨き、付加価値の高い、しかも時間生産性の良いビジネスモデルに転換する必要があります。この道を追求すると結果的に企業規模は小さくても世界に与える影響が多きいスモールジャイアント企業になってゆきます。