No.1220 ≪企業が生き残るための本当の試練が始まる≫-2022.7.22

2021年10月1日より全国の行動制限が解除されました。年末の第6波が起きても行動規制はありませんでした。桁違いの感染者が発生している第7波が始まった今でも行動規制の予定はないそうです(政府アナウンス)。

2020年1月に発生した得体のしれないウイルスに対処するために過去の教訓に基づき第2類相当の感染症に指定したために医療崩壊の寸前まで行き、本来なら強制的に国費入院させるべき感染者をホテル療養や自宅療養で対処せざるを得ませんでした。自宅療養者はピーク時には10万人を超えました。法律では感染症対応の司令塔である保健所が全情報を把握し医療機関や行政に対する指揮権を持っています。病院探し、救急車の手配、検体引き取り、自宅療養者の食料配達、健康観察、疫学調査、電話健康相談等の業務を全国の保健所職員約28000人(平成30年の厚生労働白書)で感染者(2021年の平均月間感染者数12.5万人)を濃厚接触者まで含めて紙ベースのFAX書類で管理できるわけがありません。不眠不休で頑張っても無理です。法律と現実が乖離していても政治は動きませんでした。そして、経済は瀕死の重傷を負いました。

2類相当とは致死率5%~10%といわれているジフテリアと同じ区分です。交通制限があったことを思えば致死率50%のエボラ出血熱扱いともいえるほどの厳重な慎重さでした。企業にとって最も厳しかったのは風評被害です。誰か一人でも感染者を出したり、濃厚接触者を出したりすると取引先からは出入り禁止になりましたし、電話やメールでも露骨に嫌がられる差別を受けた方もあったようです。高層ビルの最上階の事務所から感染者が出ると、エレベーターは使えず、皆階段を上るか、休業する会社も多かったものです。医療的な重篤度よりも経営的な風評被害の方が深刻で「感染者を出したらアウト」という目に見えない圧力で皆が縮こまっていました。

厚生労働省の助言機関によりますと、発生から2年間の新型コロナの致死率は4.25%(2020年1月〜2021年10月)だったのが、オミクロン株に変異すると致死率は0.13%になり今のBA.5はさらに低く致死率は約0.08%程度だそうです。季節性インフルエンザの致死率約0.09%(出所:奈良県立医科大学)と比較してもほぼ同等といえます。塩野義製薬が開発した治療薬も国内承認が下りず中国で承認を取ると報道されています。パンデミックから3年目に入り世界の治療知見が豊富にそろっており致死率も低く治療薬もありワクチンもある中で、2類相当の指定を解除しない専門家及び政府の判断はどうなっているのか疑問です。
しかし、コロナ感染の第7波に入って、やっと、やっと2類を5類に変更する是非の議論が巷間で取り上げられるようになりました。これは良いことだと思います。

同時に中小企業にとっては胸突き八丁の危険領域への入り口になります。なんでも「コロナ禍」のせいにしておけば済んだことが、済まなくなることを意味しています。特に政府はこの2年間で約200兆円近くのコロナ対策資金を投入しています。このつけを具体的な形で政治家も官僚も行政も結果を出さねばならなくなります。コロナ対策融資は打ち切られるでしょうし、コロナ優遇策は無くなるでしょう。変わって今まで先送りされていた働き方改革の労務行政の監視が始まります。さらに国を挙げて給与を増やす、資産を増やすと大合唱しています。給与アップが公共工事の入札条件になり、補助金申請の条件になり、あらゆる場面で影響を与えてきます。

一方、日本のGDPはバブル崩壊後30年間横ばいだった原因は、生産年齢(15歳〜64歳)人口が減少の一途だったからです。生産年令人口の伸び率がマイナスになった2000年と比較しても今は13%減少してしまいました。納税者=稼ぎ人が減少するのですから購買力は増えないのは当然です。2010年から始まった強烈なインバウンドバブル(年間1000万人→3500万人)の時もGDPは伸びるどころか減少してしまいました。ドルベースでみれば2010年に5.7兆$だったGDPは2019年には5兆$にまで減少したのです。値下げ競争のデフレ下で給料を上げたくても上げられない状況だったのです。そこにやってきたコロナ禍です。コロナ禍のおかげで身の毛もよだつひどい現実から目を背けられていたのです。

そのコロナが収束する、或いは季節性インフルエンザの5類相当に変更されれば、厳しい現実と向き合わねばなりません。ロシアのウクライナ侵攻に伴う狂乱物価の本番は10月以降本格化します。世界はインフレ退治のために利上げが主流ですが日本はマイナス金利を続行しますから円は売られて140円の円安になっています。そこに賃上げの大合唱。政府の無策がすべて企業に丸投げされているように思えて仕方がありません。しかし、日本で事業を行うためには乗り越えねばなりません。

私の反省は、インバウンドバブルというブランド化できる最高のチャンスを目先の業績をとることで失ってしまったことです。価値の割にはあまりに安すぎる日本の不動産、サービス、おもてなし、飲食、商品を外国人が「爆買い」したことは記憶に新しいところです。日本ブランドは付加価値があるはずです。建国以来2681年かけて積み重ねてきたのですから。そのブランド価値を私たち自身が認識することができなかったのです。「日本ブランド」をベースに、東京ブランド、大阪ブランド、京都ブランド、沖縄ブランドと各地の付加価値があります。さらに「神は細部に宿る」製品や商品やサービスを提供している企業もブランドです。
これから始まる生き残りには「ブランド」の確立が不可欠と思っています。