最近「パーパス経営」という見出しをよく見かけます。また、横文字が出てきました。パーパス(Purpose)にはサブ指標としてMVVがくっついています。MVVとはMission、Vision、Valueの頭文字です。
「パーパス経営」は巷間ではアメリカの大手投資運用会社ブラックロックのラリー・フィンク氏が2018年に「パーパスの重要性」を提唱したことが始まりだとか言われています。どんな新しい概念かと言えば、何のことはない私たちが従来から「あなたの会社の存在意義は何か」「あなたの会社がなければだれが困るのか」と常に問い続けてきた「存在意義」又は「存在目的」、フランス語でレーゾンデートルという考えが、パーパスという英語に変わったにすぎません。目加田経営事務所が提唱する「経営バックボーン」は9ステップありますが、その一番最初に「経営目的」(あなたの会社は何のために存在するのか)が来ます。もしあなたの会社が消滅して誰も困らないのであれば存在する価値がないことになります。今日まで存続してきたのだから必ず存在価値があります。それを明確にしましょうというのが「経営バックボーン」の一番目にくる「経営目的」です。
そして経営目的はぶれることのない「北極星」です。わが社の北極星は何でしょうか?
「会社は誰のものか」という問いかけがあります。米型資本主義では「会社は株主のもの」「株主の利益を最大化するためにステークホルダー(顧客、社員、取引先、社会)が存在する」と明確に言っています。例えば、先行きの業績悪化が見込まれると、即座に大幅なリストラを行い人件費を削減し利益を確実にします。これにより多数の社員の生活は奪われますが、取締役及び株主は多額の報酬を受け取ることができます。これは株主や経営陣からすれば「善なる経営」なのです。日本人にはなじまない考え方ですが、残念ながら日本でも上場企業が多かれ少なかれ株主優先の経営を行っています。しかし、SDGSが叫ばれ、そこに世界的なパンデミック・コロナ禍が発生し、持て余すぐらいゆっくり考える時間ができたことで人々が「これはおかしいぞ。一握りの株主が富裕になり多数の社員が路頭に迷う経営でいいんだろうか」と目覚めました。従来の経営方式では行き詰まってしまうことが確実になる、経営環境が激変しました。新しい経営の考え方が必要となり、株主もステークホルダー(顧客、社員、取引先、社会)も共にwin-winとなる「パーパス」を経営の基盤に置こうという考え方が生まれ、それを「パーパス経営」と呼ぶようになりました。
これは日本の企業がかって追求してきた日本的経営の中でもその中核にあった「経営理念」「経営哲学」「経営倫理」といった考え方を装いも新たに横文字にして先祖返りしたと言えます。高度成長期の歌謡曲やPOPがZ世代の若者には新鮮な音楽に聞こえるように、「経営理念」を「パーパス経営」と言い換えることで先端の先進経営システムを取り入れていると錯覚するようなものだと思います。社員から社長まで同じユニフォームを着て、同じ社員食堂で同じメニューを食べる、皆で一緒に掃除をして、朝礼をするという階級のない社会が日本的な強さの源泉でした。欧米型企業と同じ株主優先の価値基準を取り入れることで行き詰まった上場企業は沢山あります。
日本のビジネスの源流は織田信長の楽市楽座にあると思います。楽市楽座で抜本的に既得権益を撤廃し規制緩和を推し進めた結果、多くの商人が誕生しました。天秤棒一つで立身出世ができる世の中になったのです。天秤棒を担いで日本の津々浦々を行脚した近江商人は「三方よし」を商道の根本に置きました。江戸時代には士農工商の身分社会で最も下位にあった商人、金儲けのために足元を見て商売すると蔑まれた商人に、石田梅岩は「先義後利」の誇り高き聖道を説き魂を吹き込みました。天に恥じない商いをすることを求めたのです。
松下幸之助師は天理教本部を訪れ「真使命」に気づき、かの有名な「水道哲学」(産業人の使命は水道の水のごとく、物資を無尽蔵たらしめ、無代に等しい価格で提供することにある。それによって、人生に幸福をもたらし、この世に楽土を建設する)を経営の根幹に置きました。松下幸之助師の「ダム経営」の謦咳に触れ「利他の心」を経営の目的とした稲盛和夫師。東芝誇り高き超優良企業に育て上げたのは「めざし親父」の土光敏夫。敗戦後の焼け野原の中でソニーを創業して世界企業に育て上げた井深大と盛田昭夫、倒産の危機に直面したトヨタ自動車の復活の陰には大野耐一氏が作り上げたトヨタ生産方式がありました。戦後アジアの奇跡を起こした日本的経営は目先の利益よりも世のため人の為、社員のためを優先しました。ESG経営、SDGS経営がブームになる遥か以前から日本は取り組んできたのです。
1979年に出版されたエズラ・ボーゲル博士の「JAPAN AS NO.1」がベストセラーになりました。博士は「JAPAN IS NO.1」とは言いませんでした。「JAPAN AS NO.1」と言いました。日本人の良い点は勉強熱心で読書熱心なことだが、うかうかしていると他国に追い抜かれて没落するぞと。1985年のプラザ合意によって円高になった日本は空前のバブル景気を迎え、そして、はじけました。それ以来、失われた30年。多くの日本的経営の美点を否定し推し進めた欧米化は私たちに何を残したのでしょうか? 残念ながら博士の予言は当たってしまいました。
「JAPAN IS NO.1」となるために「会社の目的は何か」を再確認しようではありませんか。