6月20日号でもお話ししましたが、今日は為替、なかでも円安について考えをまとめたいと思います。
例えば、ある会社が2009年に中国で事業用の土地の権利を100万元(当時1元=12円)、日本円1200万円で取得したとします。当時の工員の月給は960元(1元=12円、日本円で11,520円)でしたが年々上昇し、2022年では2200元(1元=20円、日本円で44,000円)になり採算が合わなくなりました。2022年に中国を撤退するため土地の権利を売却することにします。見積りを取ると高騰していて500万元だといいます。日本円に換算すると1元=20円ですので、1億円になります。10年で資産価値が為替換算すると8.3倍になりました。
また、2009年進出時に日本円で1200万円相当(1元=12円なので100万元)の精密機械を中国企業に販売し、代金は元で受け取り、それをドルと交換しました。当時のドル元レートは1$=6.8元なので、14.7万$になりました。これをそのまま銀行に金利2%で定期預金にしたら18.6万$になっており、円に換算すると1$=150円とすると、2,790万円となりました。1200万円が2.8倍に増えました。この会社は、初期投資は2400万円でしたが、円安のおかげで売却段階では128百万円となり、12年間で5倍以上に資産価値が増えたことになります。
円安はこのように海外取引には大きな影響を及ぼします。トヨタ自動車は1円の為替変動で、400億円の利益又は損失が発生します。日産だと130億円、ホンダだと120億円です。今は円安なので、40円の円安はトヨタだと1.6兆円、日産だと5200億円、ホンダだと4800億円利益が増えることになります。円高になると逆の現象が起きます。為替の変動で一喜一憂するわけにはいきませんので、世界中に生産工場を作り、為替によって生産工場を変化させるやり方になります。円安だと日本から各国に輸出し、円高だと輸入することで最大利益を創出すことになります。2023年春の決算期になると空前の最高益を計上する企業が続出することでしょう。
一方、日本の政府が持っているアメリカ債券は常にトップクラスで、アメリカが公表している海外資産家の国債残高は約7.8兆$と言われますので、その中で日本の持ち分は大幅に減少したとはいえ1.23兆$(2022年10月現在)と言われています。
日本政府が保有している海外債券残高は非公表ですが、推計で約1.76兆$と言われています。
そうすると、今の急激な円安をどうとらえるかということが問題になります。
例えば、今年の1月のドルレートは1$=115円です。この時の日本の保有する海外債券残高を日本円換算すると202.4兆円となります。では、10月20日の1$=150円で換算すると264兆円となります。つまり、円が安くなるだけで日本の資産価値が62兆円増加したことになります。これは、消費税率に換算すると、消費税1%で2.5兆円と言われていますので、消費税率25%に相当し、約2年間の消費税減税に相当します。保有する海外債券を売却するわけではありませんので、実際に実行するには困難でしょうが、財源は足元にあるという意味では思考の多面性を試せると思います。
今話題になっている日銀の黒田総裁の金融緩和策の是非もこのような観点で見ると全く違って見えてきます。
G7ないしG10の先進国でインフレ抑制のために金利を上げていない国は日本だけで、いまだにマイナス金利の金融緩和策をとっています。もし、日銀も他国同様に高金利策を打ち出すとどうなると思われますか?
少なくとも今よりは円売りドル買いが減り、ドル売り円買いにシフトするため円高になってゆきます。1$=140円にでもなろうものなら、日本の資産価値は18兆円近く消失します。もちろん、円で持っている資産は目減りしませんが、ドルで持っている資産は目減りしてしまいます。さらに、金利を上げると、コロナ禍で体力がほとんどなくなりゾンビ状態になっている中小企業や大企業は一気に与信が悪化し、経営破たんに陥り、失業者があふれることになります。日本では、まだリスキリング(学びなおし)が進んでいないので、失業者が職を得るには時間が掛かってしまいます。そういう観点から見えれば、黒田総裁の方針は間違っていないと言えます。
更に、経営者の皆さんはよくご存じでしょうが、エネルギー価格は3〜6か月の価格変動が向こう3か月、6か月の価格に反映されます。それに応じて電力もガスも同様に改定されます。日本政府が全量買い上げして価格統制している小麦粉も4月、10月に政府の売渡価格が決まり、それから約2か月後に市場価格に反映されます。春と秋に価格改定が多いのはそのためです。来年の春は黒田総裁の任期満了で後任がどなたになるか、どのような政策になるかによって変化が起きるでしょうし、一番深刻な値上げも起きるでしょう。
今は昔、1985年9月22日に竹下蔵相(当時)はニューヨークのプラザホテルで秘密会議に出席しある合意がなされました。世にいう「プラザ合意」です。一夜にして1$=235が215円、4か月後には169円になりました。アメリカの金融引き締めにより世界中からドルが買われドル高で深刻な貿易赤字に陥ったアメリカを助けようと主要国が結託して強引にドル安に持って行ったのが「プラザ合意」です。
急激な円高は深刻な不況を招来し、その不況対策として前川レポートに代表されるように日本政府は積極財政策に舵を切り、投資促進、内需拡大を図り、住宅・不動産の優遇策を打ち出しました。円高で安い輸入品が増加し、海外旅行が激増しました。製造業は輸出が減少し、内需拡大にシフトしました。国内にたまったお金は個人消費に回り、所得も増えました。途中ブラックマンデー(1987年9月15日)もありましたが、株価は堅調に推移し株主の資産価値が激増しました。企業による土地投資、開発投資が増え、地上げが社会問題になりました。庶民の手の届かない「億ション」が増え、住宅取得を諦めた人は車をはじめ高額品を購入するようになりました。
加熱しすぎた景気を冷やすために導入された総量規制により、バブルは崩壊し、その後遺症が残り、日本はいまだに成長できないでおり、今や世界一安い国になっています。これは円高による影響です。
事実は1$=〇〇円。これを人は円安と言い、円高と言います。どこから見るか、いつと比べるかで判断が分かれ、対策が異なってきます。私たち中小企業経営者は、「事実」を多面的に、根本的に、長期的に見ることで本質に合致した対策を立て、実行しなければなりません。難しい局面であるがゆえに、決断できるのは経営者しかいないのです。