一昔前、私の尊敬する社長が亡くなりました。還暦を目前にした年の瀬に受けた人間ドックで病気が見つかり余命宣告を受けられたのです。
公私ともにお世話になった特別な方です。前職の経営コンサルタント会社を退職し、今の会社を起業して半年たった頃、「そろそろ肚がすわったでしょう。会いませんか」と声をかけていただき、支援内容は後付けでその場で支援契約をしてくださいました。
共同創業者の初代社長の長男でした。ご本人が別の会社を起業して順調に業績を伸ばし、順風満帆の経営をしておられた時、父親の会社が苦境に至り呼び戻されたのです。好調に発展していた事業を友人に譲って社員として入社されました。柔和で、忍耐強く、曲がった事が嫌いで、エネルギッシュに事業に取り組み、その後4代目社長として継承した会社をエクセレントカンパニーの誉れの高い、地元で知らない人はいない超優良企業に育て上げられました。
後継者は暗黙の了解で決まっていたとはいえ、残された時間は数か月。すべてを後継者に引き継ぐにはあまりにも短い時間でした。それに、個人としての締めくくりもあります。衰弱する体力の中で、家族はもちろんのこと、兄弟や親類縁者、お世話になった人、ゆかりのある人への最後の別れを柔和な笑顔で活発にこなされました。後継者は共同創業者の第3代社長の長男で、先代社長より一回り若く、製造責任者としてのキャリアが長かったため経営経験も少なく、次は自分が後継者にならねばならないと自覚しておられましたが、こんなに早く社長になるとは思ってもみませんでした。製造現場は熟知していましたが、財務、総務、営業、業界、財界等は未知の分野でした。
一周忌の3か月前、学生時代から先代社長と行動を共にしてこられた専務から、「激動を生き抜いた創業期、エクセレントカンパニーを実現した成長期、そして今後、100年、200年と続く永続企業に育て上げるには、守り育てねばならないバックボーンとなる経営思想を明確にする必要があります。この経営思想を整理し、明文化し、カタチにすることによって継承を確実にしたい。それを先代社長の一周忌に披露したい」と相談がありました。
「それは、公私ともに行動してこられた専務が一番適役ではないですか? 私たちは資料やデータをもとに客観的に形することしかできませんよ」と申し上げましたら、「経営コンサルタントの第三者の目で形にしていただかないと100年、200年と続かないと思います。だからお願いしたいのです」とおっしゃいましたので、恩ある特別な方の生きざまや思想に触れられるならと快諾しました。
あらゆる資料や写真、CD、DVDを預かり、存命中のゆかりのある方々へのインタビュー、社員へのインタビューを通して様々なエピソードをお聞きしました。長年お付き合いをしていただいていたにもかかわらず知らないことばかりでした。これを時系列年表にし、創業からの財務諸表を拾い、社員名簿から入退社を列記し、その時の社会背景や出来事を整理し、どのような思いで会社経営をしてこられたのか、苦境時の考え方や対処の仕方、人材育成の考え方、利害関係者への対応等、様々な物語にふけりながら、一周忌までに集中的にまとめてゆきました。松下幸之助歴史館やオリンパス技術歴史館も参考にしました。成果物は読みやすい物語風冊子にまとめることにしました。データは添付資料として扱いました。その方が後年の方が理解しやすいと思ったからです。
今でも創業記念日や周年事業、新入社員教育等事あるごとに活用され、会社に脈々と流れる歴史・伝統となっています。
100年企業、永続企業にするためには、創業の理念や精神をカタチにして継承しなければならないと実感していましたが、商品化できずにいました。5年後、あることがきっかけで、ある顧問先の社長が社内に「歴史館」コーナーを作り、社員だけでなく来客も閲覧できるようにされました。「これだ!」と思い、「歴史館」という言葉を使わしていただく許可を得て、「歴史館プロジェクト」として商品化させていただきました。
「歴史館プロジェクト」は創業者や先代が亡くなった企業を対象にお請けしています。ご存命中は経営観や経営思想、エピソードなど聞こうと思えばいつでも聞けるのですが、逆に素直になれない感情が先にたってしまい壊れたテープレコーダー扱いをして、しっかりと聞いていないのです。しかし、苦境に至ったとき、先代に教えを乞おうにも先代は天に戻っておられます。それを、私たちが第三者の目で客観的に読みやすい物語風に整理していつでも歴史館ジオラマを創れるようにまとめさせていただくのです。もちろん社内で何もわからない新入社員がプロジェクト組んでまとめるという方法もあります。ポイントは「客観的な第三者の目」を担保すればよいのです。先代がご存命中にかかれる「回顧録」や「自叙伝」には多少美化されていたり編集者の忖度が加わり事実ではあっても真実ではないことが多いからです。
コロナ禍の今、会社の「歴史館プロジェクト」を始めませんか?