No.1449 ≪「ポツンと一軒家」に惹かれる理由≫-2021.2.12

真偽玉石混淆のマスコミ報道から遠ざかる必要性を感じていますので、日ごろからテレビはあまり見ませんが、NHKの月曜日22:00からの「逆転人生」とTBSの日曜日7:30からの「がっちりマンデー」、朝日放送の日曜日19:58からの「ポツンと一軒家」は大好きでよく見ます。元気が出てきます。なかでも「ポツンと一軒家」は欠かさず見ています。最初は低視聴率で放送中止になった番組の後をうけて遊び程度の特番として放送されました。上層部はだれも期待していなかったようで口出しもなく自由にできたそうです。そうするといきなり視聴率を稼いで、特番からレギュラー番組に格上げされ、今では視聴率22%以上(約3000万人視聴)をキープする超人気おばけ番組になっています。2020年の視聴率ランキングでは19時と21時のNHKニュースの次にランキングされています。実質視聴者がいちばん見たいNO.1番組といえます。
巧妙に演出されたドラマでもドキュメンタリーでもありません。有名人や著名人が出ているわけでもありません。話題の景勝地や名物があるわけでもありません。なのに、なぜか惹かれるのは私だけでしょうか。

番組ができたきっかけも、担当していた番組が低視聴率で中止決定されて、現実逃避と暇つぶしにGoogleEarthを眺めながらこんなところに住んでいる人ってどんな人だろうと妄想を膨らましていた放送作家のつぶやきに反応したカメラマンがかってに取材に行って録画してきたそうです。録画を見て「面白い!放送してみよう」となったそうです。企画会議という正式の手順を得ずに勝手に作った番組が人気を博したというのは何とも皮肉な話で、従来の価値観が通用しなくなる世相の変わり目を読むことのむつかしさを感じます。

航空写真で人里離れたところにポツンとたっている家を探して、「だれがどのような理由で」そんな場所に暮らしているのかを知るべく、スタッフが現地を訪ねるというぶっつけ本番の番組です。スタッフと言っても従来のロケのようにカメラマン数名、音声、照明、アシスタント等10名以上の団体ではなく、ドライバー兼カメラマン兼インタビュアー兼出演者数人だそうです。
地元の集落で情報を収集し、それを頼りに一軒家に向かうのですが、集落の途切れた山中ではナビは機能しませんし目印らしいものは何もない山深い山道は見るだけでもひやひやする危険ながけっぷちばかりです。本当にこんなところに人が住んでいるのかと不安になりますが、たどり着くとそこは切り開かれた広い場所が広がり、目的の一軒家があるのです。何の前触れもなく突然訪れたテレビ局のスタッフに一瞬驚くもののすぐに平常に戻り、一軒家の主が語る普段着のままのありきたりの生活は、都会人から見れば想像を絶することばかり。時には数百年前からの壮大な歴史ドラマが素朴な普段着の言葉で語られます。これが団体でロケに来られたのではどうしても構えてしまい自然な普段のありのままの姿は見ることができないでしょう。

恐ろしく不便で過酷な自然環境を、ごく当たり前に受け入れて、不平不満も言わず、そこで家庭を築き、子供を育て、自然と共生している姿をみて、日本人がどこかで忘れてきたふるさとの郷愁を呼び起こされます。どなたにも共通しているのは、謙虚で素直で素朴なことです。身に起こる環境をあるがままに悠然と受け入れる懐の深さに感動します。それどころか、大自然の豊かさに魅力や楽しみを味わっているのです。自分を振り返り、不平や不満ばかり言っていては罰が当たると恥ずかしく思います。母が「上見て生きて下見て暮らす」と口癖にしていました。どこを見るかで幸せや豊かさは変わるものだと改めて痛感します。

一方、どんな山深い一軒家にも道路が整備され、電気や電話がつながっているインフラをみると、日本の豊かさ、経済力、人を大事にする国柄を感じずにはおれません。かっては大きな集落だった集落が、経済成長ともに不便な家を捨て都会に移る人が増え、今では一軒家になってしまった「ポツンと一軒家」。高齢の「ポツンと一軒家」の主がその家に住む理由は様々ですが、自分が生まれ育った実家であり、せめて自分の命の続く限り、先祖や両親が苦労して開墾し大切にしてきた田畑を守り、先祖が眠る墓を守るのは人としての道だとおっしゃいます。それがあったから今の自分がある。だからと言って、子供達にまで同じような生活を求めない。子供には子供の生活がありそれを優先すればよいという寛恕の心待ちの人たちばかりです。

一度は実家を出て街に出たけれども、年老いた両親の面倒を見るために家に戻った方もたくさんおられました。また、中には、米作りでは食べてゆけないので始めたお茶や果実、椎茸、薬草等の副業を手伝い、事業として拡大してゆく家族もありました。生きるために、食べるために始めた仕事がうまく軌道に乗り、跡継ぎができたのを見るにつけ、チャンレジすることがいかに大事か痛感します。これは今の会社経営にも通じるものがあります。後を継がない人を責めるのではなく、跡を継げる状態にしていない自分に気づく必要があります。

なぜ、「ポツンと一軒家」に惹かれるのか? それは、在りし日の両親や祖父母の姿とだぶらせてみているからです。場所も名前も顔かたちも生い立ちも異なりますが、その心根はまさに両親そのものです。
季節の巡りは着実にやってきますので、手入れをしなければ、山は荒れ放題、川はゴミだらけ、田畑は雑草が樹木のようになってしまいます。作物を栽培しても、台風被害にあったり、害獣に荒らされます。人間の都合では一日も過ごせません。自然の巡りに人間が合わせるしかありません。今は亡き兄が言いました、「百姓するぐらいなら何でもできる」と。私も全く同感です。それほど農家で生きてゆくのは過酷な仕事だと今も思っています。

それに引き換え、人類史上類を見ない最高度に発達した便利で豊かな生活をしている私たちは、「自分の都合でなんでも思い通りなるのが当たり前だ」と思うのはおごりであり、奇跡なのだということに気づく必要があると思います。便利すぎる世の中は人を傲慢に、わがままにしてゆくとても危険な環境です。毎週の放送を見て、謙虚に、明るく、素直に、愚直に、素朴に、心して生きねばと自分に言い聞かせています。