経営者の皆様が感じておられるように、世界は徐々に「調和」から「分断」に向かって歴史的な変化が起きています。調和から分断に向かうと自国中心の閉鎖的政策が増えます。この歴史的転換点に向かう環境変化に適応しなければ生き残れなくなります。環境変化の背景を振り返ってみたいと思います。
100年前、歴史上はじめて2つの陣営に分かれて戦争を繰り広げた第一次世界大戦(1914-18)。戦後平和維持組織として国際連盟がアメリカのウイルソン大統領の提案で設立されました。しかし、25年後には第二次世界大戦(1939-45)が勃発し、今度は連合国と枢軸国に分かれて多くの国々が戦いました。連合国側の勝利が明確になった1944年夏にはアメリカが中心となって国際連盟では第二次世界大戦の勃発を防止できなかった反省から、組織改革を行って現在の国際連合を設立しました。国連は誕生しましたが、戦勝国の米ソ勢力争いは朝鮮戦争、ベトナム戦争という代理戦争を通じて深刻な分断が生じました。1989年のベルリンの壁の崩壊、1991年のソ連邦消滅によりようやくそれも解消されて、調和と希望の21世紀を迎えることになりました。
2度の世界大戦の火種となってきたヨーロッパ。その因縁は1789年に起きたフランス革命後の混乱を収拾したナポレオンが1804年に皇帝となって帝政フランスを築き、ドイツ(プロイセン)に侵攻し領土を拡張したことに起因します。ロシア攻略には失敗し失脚しましたが、侵略されたプロイセン、ロシアは恨み骨髄でいつか必ず見返してやると誓います。1870年にドイツ統一を目論むプロイセンとそれを阻むフランスとの間に普仏戦争が勃発し、ドイツが勝利してフランスは敗北します。第二次世界大戦後、数百年にわたって犬猿の仲だったフランスとドイツがヨーロッパの安定のためには調和が必要だと認識し歴史的快挙となるEUが1993年に誕生しました。私は能天気にも世界は調和に向かい平和になると単純に喜んでいました。
分断現象(その1)
ミレニアムに迎えるしばしの安定は人口を爆発させました。1987年50億人、1998年60億人、2011年70億人、2022年80億人と10年で10億人づつ増えました。このころに成長したBRICS(以前はブラジル・ロシア・インド・中国の4か国の頭文字)は今では9か国のグループに拡大し、世界人口の約43%、世界面積の約30%、名目GDPでは27%、購買力平価GDPでは35%の一大勢力となっています。富国強兵を目指して成長すると調和よりも国益や実利を優先する拡張志向に向かいます。成長する高揚感と同時に深刻なひずみも生じます。
歴史上一大帝国を誇っていた大国であればあるほど過去の屈辱を晴らし未来の栄光を手にしようとビジョンを掲げ国民の目を外に向けることで国をまとめるのは常套手段です。今の中国、ロシアはまさにその状態にあります。
分断現象(その2)
4月にブログで報告しましたが、2010年胡錦涛政権下で中国共産党直属の中国人民解放軍国防大学教授の劉明福氏(1951~)が書籍「中国夢」(別名100年マラソン)で21世紀に中国が世界最強国になるためのロードマップを具体的に描き大ヒットしましたが、発禁処分になりました。しかし、2012年に発足した習近平政権下では国家戦略に格上げされて、習近平主席は「中国の夢」として提唱しました。翌年には「一帯一路構想」を提唱しています。今や劉明福氏は国家の戦略アドバイザーとなっているのではないでしょうか。中国は2049年の建国100年にはアメリカに匹敵する強国となり、21世紀中に世界最強国になると公言しています。
さらに驚くべきことに今年2月に「中華民族共同体概論」(中国夢では「人類運命共同体」と記述されている)が高等教育出版局と民族出版社の共同出版で全国に配布されるそうです。内容は若者を対象に「富と不幸、生と死、名誉と恥辱を含め運命共同体となること」「従来の少数民族優遇策は間違いだった」と理論構成し教育するというものです。そして、中華民族は200万年前に誕生して周囲の民族を有機的に吸収して現在に至っているとその起源を主張しているそうです。中国の歴代王朝は漢族(漢・明・宋)、鮮卑族(秦、隋、唐)、モンゴル族(元)、満州族(清)の統治の歴史です。それを中華民族として運命共同体になろうという考え方です。中国は多くの大国との対立をものともせず我が道をまっしぐらに進むと思います。
分断現象(その3)
近代の覇権国アメリカは「パクス・アメリカーナ(アメリカによる平和)」と呼ばれ、「世界の警察官」として大きな影響力を持っていました。時は移り、2015年1月に民主党オバマ大統領が無責任にも「アメリカはもはや世界の警察官ではない」と発言して以来、アメリカは内向きになり抑制のタガが外れてしまいました。
2016年に過激な発言でなりふり構わぬ「アメリカファースト」を主張する共和党トランプ大統領が誕生するという「誰もがあり得ない、まさか」の出来事も起きました。その後世界はトランプ旋風に巻き込まれ大混乱しました。
2期目の2020年の大統領選では僅差で民主党バイデン大統領に負けましたが、トランプ支持者が議事堂に侵入占拠するという事態にまで発展し、国論を二分してしまいました。トランプかバイデンか、移民受入か移民反対か、金持ち優遇か弱者救済か、白人層が過半数近くまで構成比を下げたことと、メディアの多様化と真偽混淆の情報洪水により、両党とも過激化しており分断を一層促進しているようです。
2024年5月26日付の日経新聞「直言」に掲載されている世界最大のヘッジファンド創業者で歴史分析でも著名なレイ・ダリオ氏は「アメリカは(支出と債務が過剰になることで財政悪化する)ステージ5だが次のステージ6では革命や内戦が起きる。今はその瀬戸際だ」とコメントしておられます。ダリオ氏の言う内戦は武器を取っての戦争ではなく、州政府が連邦政府の指示に従わなかったり、住民が価値観の合致する州へ大移動する行動を指します。
分断現象(その4)
EUはどうかと言えば、1993年設立から四半世紀が過ぎ、2015年以降急増したあまりにも多い難民・移民受入問題で治安悪化や失業者増加等で温度差が広がり、2020年2月にはブレグジット、2021年2月にはロシア・ウクライナ戦争の勃発でロシアにエネルギー依存していた国々の混乱、2023年10月に勃発したイスラエル・ガザ戦争等によって不安定化しつつあります。いつばらけてもおかしくない状況かもしれません。
調和から分断に向かう世界情勢の中で中小企業ができることは限られますが、インテリジェンスを磨き、truth情報と繋がり、より一層のグローバル貿易を推進し、サプライチェーンを含むバリューチェーンをゼロベースで見直しBCPを再設計することが必要になってきています。