5月18日に内閣府より発表されたコロナ禍中の2020年度のGDP伸び率は戦後最悪で△4.6%でした。原因は日本のGDPの過半数を占める個人消費が△6.0%、1/4を占める設備投資は△6.9%が大きいですが、良くこの程度の下げ幅でおさまったものだと感心します。傾向としては悪化していますので、本当の正念場は今年度になります。
世界はインフレ、日本はデフレですので、よく見て経営しないと国内のデフレ基調に飲み込まれて受注を優先すると、納期が長い場合は深刻な事態になる可能性が高いですので注意してください。
さて、今回の本題はジェンダーフリーです。
あるイギリス人科学者がラジオのインタビュー番組でため息交じりにこう答えました。
「私の肩書は『女性科学者』じゃなくて単に科学者。私たちは仕事を成し遂げるだけ」
コロナウイルスのワクチンを開発したオックスフォード大学のサラ・ギルバート教授の言葉です。
ワクチン開発の専門家でSERS、MERSのワクチン開発を進めていたところに武漢で新型肺炎が発生し、ピンときたそうです。「ついに来たか!」2020年1月20日早朝に届いたメールにあったウイルスの遺伝子配列を見て、パジャマのままで、仲間の研究者とオンラインでやり取りしながら不眠不休の3日間でワクチンのデザインをしたそうです。
さらに、世界的なパンデミックの様相を呈するコロナのワクチンを作るためには、通常の数百倍の研究者が必要だと判断し、大学を通じて世界中の研究者とあっという間にネットワークが完成し、研究をスピードアップしていったのです。政府の莫大な支援を受けることに成功したうえに、オックスフォード大学内にあるアストラゼネカの研究所と工場とも提携し、2021年中に30億回分のワクチンを製造し、コロナが収束するまで他社の数分の一に当たる原価(1本約300円)で提供することを合意したのです。
次に、ボリス・ジョンソン首相から「これ以上国民が死んでゆくのを止めてほしい」と懇願され、とんでもない大役に戸惑い迷った挙句、ワクチン確保のリーダーを引き受けた人物がいます。2020年5月ことです。
オックスフォードの生化学の専門家から金融分野に転じてバイオベンチャー企業専門の投資コンサルタントとして活躍していた『女性科学者』ケイト・ビンガム博士です。彼女は無報酬でこの大役を約半年で達成し、昨年末に役を離れました。決断した後の行動は素早く、超一流のワクチン製造の専門家、物流の専門家、情報技術の専門家などを招集し、当時世界で開発途中のワクチンは120案件あり、この中から承認されるワクチンを見つけ出し、いち早く必要量を契約し、国民に接種するというミッションです。そのために候補のワクチンに暗号名をつけて情報管理し、認証にあたっては政府に45万人の治験者を募集させ、製薬会社の認証プロセスをスピードアップしたのです。通常の国家の担当主務庁をぶっ飛ばして民間のコンサルタントに全権委任する決断をしたボリス・ジョンソン首相の型破り人事は、トップリーダーの決断力として長く歴史に残るでしょう。
ビンガム博士はかっての投資先であったドイツのトルコ系医師夫妻が創業したビオンテック社(ファイザー社にワクチンの薬液を提供し共同開発したバイオベンチャー)と親交があり思いを共有したそうです。
次に、世界に先駆けてビオンテック&ファイザー製のワクチンを承認したのはイギリスの医薬品・医療製品規制庁(MHRA)で、その長官はジューン・レイン博士。やはり『女性科学者』です。アメリカのアレルギー感染症研究所(NIAID)のファウチ所長は「イギリス政府はアメリカほど厳格にワクチンを分析していない。承認を急いだ」と批判しましたが、後に発言を取り消し謝罪しています。
次に、2020年の秋にはイギリス型変異株が報告され世界的に流行することになりましたが、この変異株をいち早く発見する研究所がケンブリッジ大学にあります。ピーコック研究所で、国際コロナゲノムデータベースGISAIDの約50%はこのピーコック研究所の解析によるものです。ピーコック研究所は、シャロン・ピーコック教授が政府に働きかけて設立した変異株ハンターの研究所です。やはり、『女性科学者』が率いる集団です。コロナウイルスはRNAウイルスで、どんどん変異する特性から常に監視しなければならないことを政府に直談判して予算を獲得して研究所を強化しています。ちなみに、総勢25名いる研究者の18名は女性だとか。ピーコック教授の口癖は「タフな心に背広はいらない(男性である必要はない)」だとか。
同時に国民保健サービス(NHS)は、2020年7月から国民への接種体制を整備するプロジェクトを発足させていたのです。2020年7月といえば、どのようなワクチンが承認されるかは製薬会社もわからないし、国もわからない状態にあります。治験すら始まっていないのですから。そのころにすでに新たなタスクフォースを立ち上げて、承認が下りれば一斉に接種できる体制を整えたのです。世界的に話題になったテニスコーチがボランティアでワクチンを打つという発想がここから出てきたのです。
いまだに歯科医師に協力を求めるかどうかで議論している日本とはまるで異質の考え方です。日本は一旦動き出せば、先進事例を参考に後発の強みを生かして業務の改善・改良は世界一得意な国ですから、近いうちに世界水準に追いつくでしょうが、そこにたどり着くまで1年以上の時間がかかってしまうのは歯がゆい限りです。
戦時に弱い、有事に弱いといわれるゆえんですが、多少なりとも、リスクとメリットの天秤のかけ方を取り入れていただきたいものです。
イギリスのワクチン接種の先行事例の陰に、リーダーの決断があったことと、女性のネットワークを生かした仕事の進め方があった事は大いに学ぶべきものです。私の肌感覚で言えば、女性のネットワークの広さは男性の10倍以上、その伝達スピードと反応スピードは100倍以上だと思っています。特にSNSが一般化してからの格差は開く一方だと思っています。そのような意味からもジェンダーフリーは強力な武器になると実感しています。
いつまでも「俺がいないと何もできない」と思っていると、周囲は「(そのような人を)誰も相手にしていない」だけで、とんだ『裸の王様』になっていることでしょう。ジェンダーフリーで人材を発見し、その能力を思いっきり開放しませんか?