経営者は「のぼり坂」「くだり坂」「まさか」という3つの坂をいつも経験しています。営業努力の甲斐あって引き合いが増え、見積もり件数が増え、契約件数が増えてゆくとうれしいものです。お客様から支持されている実感を持てるとトップはじめ皆が自信をもって活動できます。売上高も利益もついてきます。過去最高益を更新するのはこのころです。これは「のぼり坂」です。「のぼり坂」になればなるだけとても慎重に用心深く大きな漠然とした不安をもってアクセルを踏みます。いつまで続いてくれるのか。坂をのぼりきると峠につきます。
しかし、ハイキングのように「ここが峠だ」と分かればよいのですが、経営における「峠」は見極めがむつかしいです。お客様の要求にこたえるべく設備投資をすべきか、いや待て、海外品の輸入が増えているので早晩値崩れするから様子を見よう、或いは、当社の立ち位置を考えると生産キャパシティの上限を決めておこう、三者三葉の経営判断が必要になるのが「のぼり坂」です。経営においては、市場の過剰感がいちばん重要な指標になります。過剰生産から不況に陥る歴史が繰り返されているからです。このサインを見逃しては大変なので「のぼり坂」はとても敏感にならざるを得ません。いつもの売れ筋に変化が生じたり、受注の頻度が少なくなったり、受注インターバルが長くなりだしたりする異変に気付かねばなりません。
すると、後を追うよう景気悪化のニュースが目立つようになります。営業活動は今まで以上に活発に行うのですが、なかなか新規情報が出てきません。逆にキャンセルが出始めます。どうも峠に差し掛かったようです。すると、どこからともなく、値引きや格安見積もりが出だします。極め付きは「特値」の出没です。お客様から「指値」がちらつきます。「特値」よりキツイ条件です。やむを得ず指値を受けると、今度は指値のネゴが始まります。通常は指値というと「この価格を飲んでくれるなら御社に発注する」という発注オプションの一つなのですが、ある程度市場が荒れると、指値を受けた数社に対してさらにネゴが始まるのです。1社が降り、また1社が降おり、最後に残った会社が受注を獲得するのですが、「ばばを引いたように」ほとんど利益はでません。「くだり坂」の始まりです。「くだり坂」は「のぼり坂」に比べれば精神的には安定しています。底につくまで経営方針をぶれずに我慢すればよいのですから。経営者の仕事は資金繰りと取引先トップと情報交換になります。
ここで行うことは、商品開発、モデルチェンジ、人材育成、社内構造改革です。忙しくてできなかった課題に腰を落ち着けて取り組むことができます。この間の対策で未来の発展が左右されます。間違っても、中小企業は価格競争に参入すべきではありません。価格競争に参入できるのは財務面で余裕のある大企業や上場企業だけです。中小企業は対岸の火事のごとく、高みの見物をすればよいのです。「それができれば苦労しない」とおっしゃる声も聞こえますが、それができるように準備するのが経営者です。そのためには一人当たり月額限界利益、つまり労働生産性は100万円以上に改善することです。
今回のコロナ禍は三つ目のさか「まさか」です。東南海沖地震と同様、過去の歴史に繰り返し発生しているので想定内ではあっても地震と異なり準備のしようがないのが実際です。
そのころ、空前のインバウンドバブルを経験した日本で、翌年はオリンピックが開催されるのでけた違いの大きなチャンスをものにしようと意欲的な企業は大型投資をすすめ、オリンピックスポンサーに名乗りをあげて、このチャンスを逃すまいとホテルやレストランや商業施設、航空業界、鉄道業界、その関連企業は新規物件、新規案件が目白押しで目も回る忙しさのさなかでした。
そこに、巷間武漢由来の新型コロナウイルスが世界中にまん延し、やがてパンデミックになりました。各国が入国を禁止し国内ではロックダウンし国も都市も閉鎖しました。インバウンドどころではなくなりました。SARSパニックの時も感染した外国人旅行者の移動ルートはすべて消毒し、ホテルは閉鎖されました。新型コロナウイルスは得体が知れなかったこともあり政府の感染症の位置づけがレベル2に設定され、感染者が発生すると防護服に身を包んだ医療関係者が対応し、強制的に隔離・入院させ、濃厚接触者を探す疫学調査が大規模に行われました。それでもまだ飲食業、宿泊業、運輸業、旅行業は通常通り営業していました。パンデミック以降緊急事態宣言が発出され、厳しい営業制限が課されるようになりました。しかも経営については自己責任で国が面倒を見てくれるわけではありません。オリンピックも延期が確定しました。積極的に設備投資した企業は容易に返済できない大きな債務だけを抱えて今にいたります。
政府・自治体は一斉に不要不急の外出を避けよ、リモートワークにせよ、4人以上の会食は禁止、酒類の提供は不可、営業は20時まで。多くの人は外食する習慣がなくなり、家庭が職場になり団らんがストレスの発生現場となり問題が密室化し、買い物に行くよりも宅配を利用するようになり、人混みを極力避けるようになりました。元気はつらつの年代はエネルギーの発散場所がなくなり、反発して大騒ぎすると自粛警察によってSNS告発され、プライバシーがさらされてしまいます。エネルギーを内にため込むしかなくなると不安定化するのはやむを得ないかもしれません。人々はますますお金を使わなくなり、GDPの50%を占める個人消費はますますしぼんでゆきます。それでなくても、生産年齢人口の減少でGDPが伸び悩んでいるところに「まさか」のコロナで、追い打ちをかけているのが現状です。
「のぼり坂」だと思って勢いよく走っていると急に「まさか」の事態に直面すると一気に「くだり坂」にワープしてしまいます。国民一人当たり55万円という世界最大のコロナ対策費を確保した日本は、売り上げの見込みも立たないのに資金繰り支援だけ大盤振る舞いし、危機の表面化を先送りしています。
コロナが落ち着いた時に、国がどのような政策を打ち出すかわかりませんが、金融支援は補助金ではなく融資ですので自己責任で返済しなければなりません。コロナがいつ落ち着くかは誰もわかりません。2023年説、2024年説と入り乱れていますが、国内旅行だけでも回復すれば何とかなるかもしれません。
このひどい現実を直視した上で、経営者は明るい見通しを示さねばなりません。それが経営者の責務です。 商品開発に力を注ぎ、人材育成を強化し、お客様が値打ちや満足感を得られるような価値づくり、ブランドづくりに力を入れる。大企業の特権である「安売り」に参加してはいけません。お客様に寄り添ってお客様が求めている価値、中でも人的サービスの価値を磨いてゆく絶好のチャンスです。お客様は中小企業に「安売り」求めていません。