No.1214 ≪価格改定はトップの肚できまる≫-2022.6.2

猛烈な値上げラッシュの始まりです。コロナ禍の時代は従業員の感染による操業不足で価格高騰しましたが、今回はロシアのウクライナ侵攻で小麦やトウモロコシの食料、原油やLNGのエネルギー資源の構造的品不足によって高騰しました。しかも厄介なことに世界中で「風が吹けば桶屋が儲かる」式の玉突き現象を起こし、様々な地域で様々な深刻な事態を引き起こしています。例えば、約4000万人のソマリア人が飢餓危機に陥り、食料生産の基本肥料であるN(窒素)P(リン酸)K(カリウム)不足によって全世界で食糧生産危機等が発生しています。
これらのインパクトは今年末から来年夏にかけて本格化しますので値上ラッシュに対応した準備をしなければなりません。いかに価格転嫁するか、あるいは代替できる製品開発を行うか、画期的なコストダウンで吸収するか、中小企業の本領発揮の時です。

もう一つの見方はこれらの危機が絶好のチャンスと裏表であることです。理由は簡単です。自然は「エネルギー不変の法則」が支配していますので、プラスマイナスゼロなのです。一方のマイナスは他方のプラスですので、危機が大きく深刻であればあるほど、チャンスはとてつもなく大きいということです。

次に、価格改定についての考え方を事例でお話しします。
コロナ禍もウクライナ危機も発生していなかった2017年ごろのことです。ある会社で非常に手間のかかる製品を海外で生産していました。取引形態はB2B、取引先は世界的ビッグネーム。製品種類は耐久生産財です。生産ボリュームも付加価値もそれなりにある製品でしたが、取引先からはことあるごとに品質改善とコストダウンを要求され、それができない場合は他社に切り替え発注量を減らす可能性を示唆され、困っていました。工場を取り巻く環境変化から生産拠点の見直しを行うことになり、この国から撤退する決断をしました。
事情を説明するために取引先を訪問すると購買担当者は驚きと焦りを見せて、掌を返したように、「なんとか生産を継続してほしい、価格は何とかするので提案してほしい」と言ってきたのです。しかし、撤退することは経営会議で決定済です。そこをなんとか踏みとどまってほしいと泣きついてこられたのです。会社に持ち帰って検討したところ、従来の3倍の価格で、発注ロットを倍増していただき、納期も余裕をいただければ規模縮小して生産継続することで採算が合うこと、固定費も下がり利益も今まで以上に確保できることが分かったのです。
取引先に従来価格の3倍、発注ロット量を3倍、納期+2か月の条件の見積書を持参すると担当者は大喜びで即決しました。そして数量も増やしてくれたのです。「実は御社のシェアは90%以上です。撤退されれば当社は立ち行きません。これからは良きパートナーとしてよろしくお願いします」と打ち明けてくれたのです。いままで何度も要求されたコストダウンは何だったのか、他社に切り替えると脅しにも似た交渉は何だったのか、本当の適正価格はもっと上ではないのかと反省はありますが、最終的に良い結果で終わりました。

もう一つの事例です。
ある会社で他社の真似のできない高度な技術力をアピールするために開発した製品が原価割れを起こす事態になりました。一定の量産を前提とした設備集約型ビジネスで取引形態はB2B、製品は耐久消費財です。取引先は国内トップのビッグネーム。その製品の限界利益は50%以上あるのですが、償却費や維持費及び加工の手間がかかるため、粗利益率は非常に低いです。技術アピールすることが目的で数量限定を前提に発売したのですが、取引先が在庫標準品で販売し空前の大ヒットとなったのです。古くからの取引先で、取引条件や契約書のような形式的なものはなく口約束で取り決めており、話せばわかってもらえるという甘えがあったのは否めません。しかも原価計算も甘かったのです。大量発注の結果納期遅れが頻発し納期クレームが発生し品質クレームも連鎖しました。ますます、価格改定や数量限定の話もできる状況ではなくなってしまいました。そこにコロナ禍が発生し、発注ボリュームが激減し、減産せざるを得なくなりました。ますます、赤字が累積し経営危機を迎えました。
何度も価格改定を申し入れますが応じてもらえません。決算書の提出を求められているので経営状態は熟知しているはずですが、逆に「当社は市場価格から見れば御社の事を考えて対応しているんですよ。社長ももっと努力していただかないと困ります」と逆に注意されてしまいました。社長はついに意を決して「価格改定を認められないなら御社との取引から撤退します」と腹を決めてぶつかりました。いつもとは様子が違うと感じたのでしょうか、もったいぶりながら一部応じてくれました。しかし、今度はコロナ禍の影響もあり価格改定した製品の発注数量を減らしてきたのです。価格改定の約束はしたが数量契約までしていなかったので原価割れで生産を継続せざるを得ません。全体のボリュームは半減していますので単位当たりの固定費は倍増しています。巨額赤字が雪だるま式に増え続けました。ついに、社長は廃業を決断し、「数量保証と価格改定を認めていただかないと生産を中止します」と大幅な価格改定を提示し取引先のトップにも説明に行きました。担当者とは異なり先方のトップも経営的な判断をし、「当然でしょうね」と大幅改定が認められました。

仕入価格の高騰を価格転嫁できるのはB2Cで消費財の場合ですが、B2Bではなかなかそうは行きません。その時にどこまで腹をくくるかが勝負所です。「取引がなくなるかもしれない」恐怖と戦うのは担当者では難しいです。そういう時はトップの出番です。トップの明快な方針が必要です。これから本格化する値上げラッシュにトップはメンタルを強化して、財務面の安心感を担保して自信をもって事に当たる必要がありそうです。