2月1日~ 2日に、目加田経営事務所が主宰するSS社長塾の有志の方々と恒例の伊勢の神宮新春参拝に行ってまいりました。伊勢は格別に寒い地域で、今冬最強の大寒波が襲来するというニュースに身構え、戦々恐々としながら訪れました。赤福本店で温かいお茶をいただきながら、かじかんだ手をあたためて、出来立てのおいしい赤福餅をいただいた時に、店員さんに「今日は寒い方ですか?」とお聞きしましたら、「今日は暖かい方です。1月25日26日は痛いぐらい寒かったです」とおっしゃったので、なるほどと思いました。なぜなるほどと思ったかというと、沖縄に「むーちーびーさ」という言葉がありまして、1年で一番寒い時期を表す言葉で、旧暦の12月8日ぐらいを言います。新暦では今年は1月26日に当たります。伊勢の赤福本店の店員さんの返答と全く同じだったのです。海に囲まれた日本は世界第6位の海洋国家です。明治以降は世界共有の太陽暦を使用していますが、海洋国家の季節は旧暦(太陰太陽暦)が合うようです。大都市は空調が行き届き、人工的な環境整備が整っていますから、自然を感じることは少ないかもしれませんが、地方、特に海沿いの町は旧暦の方がぴったりくるかもしれません。天候を相手にする第一次産業は、季節の変化が合致している旧暦が向いています。
当社が新春参拝を節分の前にしているのは理由があります。一つは、新暦(太陽暦)の1月の松の内だと大混雑してゆっくりと神々と交流できないからです。2つ目には、新しい1年の始まりとなる春を迎えるにあたり、決意を新たにするためです。暗く厳しい冬が終わり、穏やかで命が芽吹く希望の春にむけて志を立てる意味で、冬と春を分ける節分に日本人の心のふるさとである伊勢の神宮に参ることで1年の決意を新たにしています。節分は節(立春、立夏、立秋、立冬)を分ける時期を言いますが、中でも2月の節分は1年のはじまりの立春の前日に当たります。
例年は外宮先祭して内宮の垣内参拝を行っておりましたが、今年は、もっとも正式な参り方を体験いたしたく、二見興玉神社で潔斎して、外宮、内宮の順に垣内参拝をいたしました。当日の温度は零下3度でしたので、海に入っての潔斎はさすがに行いませんでしたが、夫婦岩を挟んで西に月、東に日の出の両方を拝むことができました。
また、外宮では神宮の神の使いである白い鶏と遭遇し、空には白鷺が舞って居りました。内宮では五十鈴川に黒鷺が現れパフォーマンスを見せてくれました。これはきっと吉兆だと勝手に喜んでおりました。
伊勢の神宮といえば20年毎に遷宮があります。遷宮は正殿を始めすべての社が、隣地に新築されます。そのために200年以上の年月をかけて樹木を育てています。解体された神宮の社の古材は再利用され、新たな役目を与えられます。内宮正殿の棟持柱は宇治橋の五十鈴川側の鳥居に、外宮の棟持柱は宇治橋の街側の鳥居に一新されます。それまでの宇治橋の鳥居の古材はかんなをかけて新品になり、関の追分や桑名の七里の渡しの鳥居になります。順繰りに全国のゆかりのある地域に下賜されて、新たな役割を全うすることになります。伊勢の遷宮から順繰りに全国の神社の遷宮が終了するまで20年以上かかります。また、神職や巫女の着物や神事で使用する食器や道具も同様に新調されます。20年ごとに繰り返される遷宮の神事は、技術の継承と人材育成も同時に行うことになり、1300年間、一時的に空白の時期はありましたが、途絶えることなく継承されています。次回の遷宮は令和15年(2033年)ですが、すでに、その準備は始まっています。今年から伊勢は賑やかになりそうです。ちなみに今回の遷宮コストは約570億円だと言われていますが、おそらくこれでは済まないと思います。
さらに、新しい試みも行いました。例年は「古事記」を皆で勉強しておりましたが、今年は、古事記の原典ではないかと言われている「ホツマツタエ」の中の「ヤマトタケ物語」を研究しました。
「ホツマツタエ」は1966年に松本善之助氏(1919-2003:「現代用語の基礎知識」発刊時の編集長)が神田の古書店で『ホツマツタヱ』3アヤ(小笠原長武、奉呈本)を発見したことから、その存在が知られるようになりました。オシテ文字という象形文字のような独特の文字で書かれた全40巻(アヤ)からなる57調の長歌の神話集です。アヤとは巻と同じ意味です。1巻は平均57調の歌が560ありますので、40巻では約22000の歌があります。前編はクニトコタチ~神武天皇以前までの物語で28巻(約16000歌)をオオモノヌシが神武天皇に奉呈し、後編は神武天皇から景行天皇までの12巻(約6700歌)をオオタタネコが景行天皇に奉呈したそうです。
今回は、松本善之助氏の門下生の池田満氏の解釈による「ホツマで読むヤマトタケ物語」(展望社刊)を参考にいたしました。私は「古事記」より「ホツマツタエ」の方が、より縄文のおおらかさがにじみ出て、古き良き日本人たらしめている原点に触れることができると感じました。
日本人としての矜持を持ち、これからやってくる荒波を乗り越えてゆこうと決意して伊勢を後にいたしました。
