No.1393 ≪プライマリーバランスと戦時国債に学ぶ≫-2025.11.27

「プライマリーバランス」(財政規律ともいわれますが、税収の範囲内で支出を抑えること)、この概念が日本で使われだしたのはバブル崩壊後の1990年代後半です。景気浮揚策で大型公共工事が増え、不景気で税収が伸びず、財政赤字に苦しんでいたころ、財政再建の方向性として財務省が提唱し始めました。小泉政権で竹中平蔵氏が財政再建の「骨太の方針」としてプライマリーバランス黒字化を明確にし、三位一体改革(補助金・税源移譲・地方交付税)や郵政民営化、規制緩和(労働市場・農業・医療の一部)、構造改革特区、不良債権処理(金融再生プログラム)を掲げました。このあたりから失われた10年が20年になり今や30年になりました。
考え方としては「入るを図って出を制す」という考え方ですので、間違ってはいません。個人や企業においてはこの考え方を徹底しないと借金倒れで破綻してしまいます。
しかし、国はそれだけでは経済は成長しませんので、特別に国債を発行してお金を作ることができます。紙幣を発行できるのは日銀ですが、国が発行した国債を日銀が購入して、それに見合う紙幣を発行して国に支払うわけです。そのお金を使って仕事を作り企業に発注することで企業を成長させます。企業が成長すれば社員(国民)は潤います。潤うと消費も活発になりますからGDP(国富)は大きくなってゆきます。国内だけでなく輸出して他国でも販売することで企業はさらに発展します。すると社員(国民)はさらに豊かになり、GDP(国富)はさらに大きくなります。

ところが、不景気になって財政赤字になったからと言って、プライマリーバランスの黒字化(略してPB黒字)を優先すると、貧すれば鈍するという負のスパイラルに陥りますので、とめどなく落ち込んでゆきます。例えば、税収の範囲内で国防をやれば、もっと大きな軍事力を持った国に占領されてしまいますし、税収の範囲内で国民の生活を守ろうとすると格差や不公平が拡大してしまうというとんでもないことになってしまいます。
そこで、30年間の教訓を生かして、PB黒字化だけやっておればよいのかというのが今起きている議論です。GDP(国富)を成長させる方法は仕事をいっぱい作って企業を成長させる、国民におカネをばらまいて消費を喚起することが考えられますが、どうもうまくゆきません。原因は「入るを図手出を制す」精神が徹底し、もしもの時のために使わない、貯金することが骨身にしみこんでいます。いくら企業が利益を出しても内部留保で貯め込み、国民は貯金に回して貯めこむからだと思います、投資は怖い、投資は損する、貯金は嘘つかないというところでしょうか。

さて、120年前、日露戦争が起きました。日露戦争は日本がやりたくて起こした戦争ではなく、地政学的な影響で回避できなかった戦争ともいえます。その背景をおさらいしますと、1900年に発生した義和団事件がきっかけです。
当初は清国内の内戦でしたが、義和団が外国人施設が襲撃したことにより、日英米露仏独伊墺8か国が鎮圧のために清国に出兵しました。1901年に北京を制圧し北京議定書を締結して終結しますが、鎮圧後もロシアは撤兵せず、さらに満州に進軍しました。東方方面軍を増派し、シベリア鉄道を強化しました。さらに南下して旅順・大連という不凍港を占拠し事実上占領してしまいました。ロシアの南下は日本の抗議にもかかわらずとどまるところを知りません。
世界最強と言われたバルチック艦隊を日本海に展開する準備まで始めました。事大主義を取る朝鮮皇帝はロシアに接近し、日本はロシアに包囲される形になりました。「外交交渉は拒否された状態で、バルチック艦隊が到着してからでは日本に勝ち目はない」と海軍が奇襲攻撃にでたため、翌日、明治政府は日英同盟を後ろ盾にロシアに宣戦布告しました。結果はご存じの通り、アメリカのセオドア・ルーズメルト大統領の仲介で日本は賠償金なしの条件で勝利して終戦しました。ルーズベルト大統領は新渡戸稲造が英文で書いた「武士道」の愛読家で知られています。

この時、日本の財政はどうだったでしょうか。当時は金本位制ですから、PB黒字でしたが、とても戦争できる財政状態ではありません。当時の国家予算は2.6億円でした。しかし、必要な戦費はその7倍近い19億円でした。明治政府の出した結論は戦時国債の発行です。国内販売する戦時国債は20年満期・金利5%物で8.3億円調達、外債は20年満期・金利4.5~6%物で10.7億円調達しました。
当時の日本は外債市場での知名度がなかったこともあり苦戦します。どう考えても、極東の日本が国土(38万k㎡)で60倍、人口(4600万人)で3倍もある巨大な白人国ロシアに勝つとは思いませんので、紙くずになる国債を買う国はありませんでした。そんな中で、規律正しい、約束を守る日本政府を信用してアメリカ人でユダヤ人のジェイコブ・シフ氏経営のクーン・ロブ商会が引き受けてくれました。これを機に何度かの国債を完売して戦費調達することができました。国債、外債とも返済は1940年代には完済しています。

政治家にはこのような肚が必要だとつくづく思います。PB黒字にこだわっていてはGDP(国富)は増えないでしょう。これに為替が絡みますから簡単ではありませんが、取り巻く課題を如何に克服するかという智慧は学びたいものです。