高市総理の外交デビューとLAドジャースの日本人トリオの活躍によるワールドシリーズ2連覇の話題でもちきりです。まるで「世界の真ん中で咲き誇る日本」が現実のものとなる予感でワクワクします。中でも高市総理誕生は年初のメルマガN0.1345(2025年1月8日発行)で書いた初夢が一部実現して感無量です。
さて、先日の10月8日のノーベル賞の授賞者に日本人研究者が2人選ばれました。おめでとうございます。
「多孔性金属錯体(MOF)の開発」というテーマでノーベル化学賞を受賞された北川進先生(京都大学アイセムス特別教授:74歳)と、「制御性T細胞」の発見と応用でノーベル生理学・医学賞を受賞された坂口志文先生(大阪大学特任教授:74歳)のおふたりです。ノーベル賞の自然科学分野(「物理学」「化学」「生理学・医学」)での日本人受賞者は27名で世界7位です。そのうち10名は京都大学出身で、化学賞の北川先生はノーベル賞受賞者の福井謙一先生の門下で、生理学・医学賞の坂口先生はノーベル賞受賞者の本庶佑先生の門下です。
第二次大戦後、アメリカと比べて基礎研究に対する理解が低く支援が脆弱な日本でよく頑張っていただいたと心より尊敬いたします。いつまでも個人の無私の努力だけに依存していたのでは国勢衰退が心配です。
北川先生が実験してできた結晶材料を見て周囲の権威者は「失敗した」と相手にしなかったけれどご本人は「非常に面白い」と興奮したそうです。そして、逆境をはねのけて研究を重ねて、気体を自由に出し入れできる「金属有機構造体(MOF)」を開発しました。二酸化炭素のみ吸収する材料や毒性の強い気体のみ吸収する材料開発も可能になります。それを実用化するための会社㈱アトミスが設立されています。
坂口先生が免疫研究するうちに異物を攻撃して細胞を守る免疫T細胞の中に過剰反応を抑制する制御性T細胞の存在を発見した時、周囲の権威者は「そのような細胞があるはずがない」と否定され論文掲載を断られましたが、あきらめずに同じ研究者の奥様と一緒にコツコツと研究を重ねてついに認められるようになりました。この細胞を活用すればがんは治る病気になるそうです。坂口先生の研究成果を実用化して、自己免疫疾患やがん治療向け創薬の大阪大学発スタートアップ企業レグセル㈱が設立されています。
ノーベル賞受賞ニュースで心に残った言葉があります。北川進先生が若い人に贈る言葉としておっしゃった「無用の用」です。これはまさに日本社会や企業経営に最も必要な言葉ではないかと思います。
日本人初のノーベル賞受賞者である湯川秀樹先生が書かれた『目に見えないもの』(岩波新書1976年刊)の中で荘子の「無用の用」を説かれており、それを読んで北川先生は「無用と思われた材料に役割を見いだせた。誰も関心を持たないところに『宝』があった」とおっしゃっています。
湯川秀樹先生は著書の中で「役に立たないと思われることの中に、真に人間を豊かにし、長い目で見れば文明を進める力がある。荘子のいう『無用の用』こそ、科学者が忘れてはならない精神である」とおっしゃっています。
老子の「無用の用」を継承し発展させた荘子の「無用の用」はそれぞれに実に面白い思想です。
老子は道徳経の中で「30本のスポークがハブに集まって車輪になる。ハブには何もない空間があるから車輪の働きをする。粘土をこねて器を作る。その器には何もない空間があるから器としての役を果たす。窓や戸で部屋を作る。部屋には何もない空間があるから部屋としての役を果たす。だから、形のあるものが役に立つのは、形のないものがそのはたらきを為しているからなのである。」と唱えています。
荘子は人間世篇の中で「ある木こりが、枝が曲がり木目の悪い大木を見つけた。材木にするには使い物にならない。『無用の木だ』と言って去った。しかし、その木は伐られず、何百年も生き続け、多くの人々に木陰を与えた。人にとって無用のものこそ、天にとっては最も有用である。」と唱えました。
今の社会は「生産性」「効率」「結果」が強調されすぎています。心が疲弊しています。日本文化の中にはこれを防止する智慧が詰まっています。例えば、茶道は非効率の中にこそ人間の豊かさが宿ることを教えています。無駄に見える時間は心の準備の時間であり、無駄に見える所作は相手への敬意の形であり、無駄に見える空間は創造と感性の余白です。これらは「無用の用」です。
同様に、禅は静寂の内に端座し、煩悩に煩わされないように自らの呼吸だけに集中し、その数を1から10までくり返し数える。そこに悟りの境地が開けます。
建築は石や樹木や水を活かしながら空間や空白をデザインする庭や何もない空間を作ることで癒しや安らぎを創造します。絵を描く時に、絵の具を塗りすぎない、余白や空白をいかすことでより創造的な絵ができるのと同じです。
いずれも「無用の用」です。
では経営における「無用の用」は何でしょうか?
利益や効率に直結するものが有用とされがちですが、本当の競争力を左右するのは「無用」に見える要素です。社員同士の雑談や休憩時間、利益につながらない研究開発、社内報、社員旅行、クラブ活動、イベントなどの「非効率な」活動、これらは経費がかかる割には成果が数字で表現しにくいものですが、創造力・信頼関係・士気・企業文化を育てる「無用の用」です。
機械の歯車も、ギリギリまで詰めると摩耗して壊れます。車のハンドルも遊びがないと事故を起こします。企業組織も人間も「遊び」の部分がないと回らないものです。経営者が「余白」を設ける勇気を持つことで、社員は自発性を発揮し、企業は持続的に成長します。経営資源を100%使い切らない。社員に考える時間を与える。売上に直結しなくても「未来への種まき」をする。これらを許容することが「無用の用」を実践する経営といえます。短期利益よりも長期的持続性を重んじる経営哲学です。
