今回は目加田経営事務所主宰の「社長塾」で重視している経営哲学「原因自分論」「先義後利」「三方よし」「不易流行」の内の「原因自分論」を取り上げます。
随分前、ある食品会社の経営会議の席でのやり取りが今も鮮明に記憶に残っています。社長から業績不振の原因を問われた支店長が「今年は例年より雨が多く冷夏だったので、ビールの出荷量が少なく、当社の製品も売れませんでした」と答えました。他の支店長は少し驚いて互いに顔を見合わせていました。
いつも柔和な社長はいつになく険しい声で「そうか、君の支店だけ天候の影響を受けたようだな。じゃあ君の待遇も天候次第にしようね」と返答されました。支店長は無意識のうちに業績不振を天候とビール会社に責任転嫁してしまったのです。
人の上に立つリーダー、特に経営者は、うまくいかなかったのは天気が悪かったから、部下の能力が低いとか指示通り動かなかったから、ライバルに先を越されたから、自社製品の品質が良くなかったから、トランプ大統領が関税をかけたから、、、と言って原因を自分以外に求めたい衝動に駆られます。
しかし、言い訳したり責任転嫁したりするのはもったいないですし、罪なことです。せっかく天があなたを成長させるためにわざわざ最適の状況を準備してくださったのですから。
天気が悪いと嘆く前に自分の判断の甘さや行動の怠慢や準備不足に原因をもとめて先手先行集中で能動的に手を打てば環境すら変わってゆきます。部下に責任転嫁する前に部下の適性を考えて具体的な指示を出しその後のフォローをしていれば逆に信頼が醸成され「潔よさ」への尊敬が生まれます。
ライバルの動きを把握できていなかったことを学習と成長の機会ととらえ、教訓を生かすためにはどのような対策をとるかという思考回路を身につけ、継続的改善の原動力とすることができます。
製品品質は常に上を目指して継続的改善は不可欠ですし、自社製品に誇りを持つことで、顧客現場100回訪問することで気づかなかった製品の特性を発見し新たな活路を開くことができます。
トランプ関税すら政治家の問題ではなく販路やマーケティングの問題に着手するきっかけととらえれば次の成長のステップを踏むことができます。
ところが、原因他人論への道は甘い誘惑と悪魔のささやきで満ち満ちています。その先で待っているのは・・・。
1.責任を転嫁することで思考停止できるため一時的に安心を得るがすぐに不安に苛まれる。
2.「自分は悪くない」と思い込むと、反省・改善・成長の学習機会が喪失し、同じ過ちを繰り返す。
3.責任の所在が曖昧になり、社風の劣化が進み、組織が防御的・消極的になり、相互不信と相互批判で猜疑心で満たされる。
4.一時的短期的な安堵が得られても、主体性を喪失し自らの力を削ぎ長期停滞に至る。
5.リーダーの言葉と行動が乖離し信頼を損なう。責任を引き受けない経営者にだれもついていかない。
実は原因他人論に陥る経営者は概してとても有能で頑張り屋で苦労の末に成功を勝ち取った方が多いのです。そのような優秀な経営者が原因自分論に至る理由はつぎの3つです。
一つは、だれでも無意識に「自分は正しい」「悪いのは他人」と思いたがる傾向があり、中でも経営者は日常的に正しい判断を求められ、さんざん迷った挙句に決断しており、その結果が誤りだったと認めることは自己否定に直結します。
そこで、心理的防衛本能が働き「だれかのせい」にすることで自己を正当化しバランスを取ります。反省より弁解、事実より感情で語ることが多いかもしれません。
二つは、長年経営者として君臨し、周囲が「社長の判断は正しい」という空気を作り、フィードバックが上がらなくなります。いわゆる「裸の王様」状態です。この「沈黙の文化」が、他責思考を助長し、組織が無意識に生ぬるい温室のような状態になります。問題点を社員が指摘できず、経営者の自己認識が歪んでしまうのです。
三つは、過去の成功が「自分の判断が正しかった」証拠として固定観念化し、環境変化や失敗を「だれかのせい」にして過去の自分を守ろうとします。成功者ほどこの呪縛は強く、過去の自分に忠実であるほど未来を失うという皮肉な現象が起こります。俗にいう「成功の逆襲」です。
経営者はアドラー博士やフロイト博士の提唱しているように、未来の目的達成のために自分ができることに焦点をあて、「因果応報」の原点に立ち戻り、「郵便ポストが赤いのも運動会に雨が降るのもすべて自分の行いが悪いからだ」と受けきることで人格者へと成長し、「他を責むるは是愚なり、己を責むるは是賢なり」(禅語)と自ら内観修行することで徳を積む存在です。簡単なことではありませんが、すべては自分次第、中でも会社は「経営者できまる」のですから。
