混沌として先が見えない時代は漠然とした不安に苛まれます。特に常に投資を伴う決断を要求される経営者はなおさらです。
戦後を振り返ると、朝鮮戦争からベトナム戦争という冷戦時代の中で、日本は岩戸景気、オリンピック景気、イザナギ景気と立て続けに好景気に沸いた1960年代は皆が明るい見通しを持っていました。所得倍増計画が発表され、給与も物価も地価も株価もすべてが高騰し、名神高速開通、東海道新幹線開通、首都高速全面開通というインフラ整備が進み、1968年にはGDP世界2位にまで発展しました。
1970年代は暗転して、ドルショック、2度のオイルショックと世界的規模の大きな変化にさらされ低成長経済に突入しました。為替は変動相場制に移行したとはいえ円安ドル高は80年代に入り深刻な日米貿易摩擦となり、ついにプラザ合意につながります。1$=239円が1年で70円も円高になる大変な時代でしたが、それでもそれなりの方向性は見えていました。しかし急激な世界的変化に対応できず興人や永大産業、大沢商会といった有名大企業が倒産しました。
プラザ合意による急激な円高は外需から内需へシフトしバブル景気となりました。ほぼすべての価格が高騰しました。物価を上回る給与の伸びは個人消費の拡大をもたらし、高級品やぜいたく品が飛ぶように売れました。売れなかったミンク毛皮の値札に0をひとつ加えた途端売れたという話は有名です。
景気拡大を受けてリクルート合戦で先輩社員より給与が高い新入社員が激増しました。企業の給与体系の見直しが進み、福利厚生が改善され、企業イメージを刷新するCI花盛りで、新社屋建設も目白押しとなりました。ある証券会社の新入社員の夏の賞与が150万円だった時代です。株価を始めあらゆる金融商品がうなぎのぼり。金融機関もどんどん融資しました。財テクしない経営者は「無能」呼ばわりされました。個人消費の拡大はホテルや保養施設やテーマパークの開発を進め、リゾート開発は強烈な地価の高騰を招き、都心部では地上げが社会問題化しました。
この時でさえそれなりの見通しを持つことができました。なぜなら東西冷戦という明確な対立軸のもとで起きる変化は想定内のものだったからです。
ところが先が見通せない複雑系の社会になったきっかけは1989年11月9日のベルリンの壁の崩壊、1991年12月26日のソ連邦解散です。東西冷戦の対立軸を消滅させ、地政学的な不透明さをもたらしました。さらに1995年のWindows95のリリースによって世界は一気に時空を超越したネット社会に突入しました。地理的な壁だけでなく情報の壁もなくなり、ヒトとカネとモノが自由に流れるようになりました。さらに、ミレニアム(1000年紀)とセンチュリー(100年紀)が重なる2001年は1000年に一度の大きな変化の始まりでもあり、どこからどんな球が飛んでくるか全くわからない想定外の連続の時代に入ったのです。9.11同時テロ、リーマンショック、異常気象被害、日本では阪神大震災、東日本大震災が発生し福島第一原発をメルトダウンの危機に陥れました。
経済面では総量規制の実施(1990年)によりバブル崩壊が始まり、地価や株価が大暴落。21世紀を迎えられなかった有名大企業は約70社に上りいずれも戦後最大規模の負債を抱えました。十三の料亭女将が4100億円の負債で破綻したのは有名です。「東西冷戦終結」「ネット社会到来」「バブル崩壊」のトリプルインパクトで日本は悪性デフレの猛威にさらされ、その後30年近くの長きにわたり実質賃金、物価、地価、金融資産は下がり続けました。
勤務時間や会社にとらわれない働き方を求めるSOHOや非正規社員が登場し、100円マック(2006年)が一世を風靡し、牛丼は値下げ競争を展開し、日経平均株価は2008年9月28日になんと6994円という低値になりました。
そして、ダメ押しが2017年トランプ1.0、2025年トランプ2.0の誕生です。忍耐強く積み重ねてきた上に成り立つ国際協調が根底から覆され、フリーでフェアでグローバルを謳歌してきた世界は予測不能、想定不能のMAGAモデルにシフトしようとしています。関税が支配しない自由貿易は高関税の保護貿易になり、各国が力の行使を主張し始めました。
従来のマネジメントはPDCAサイクルを回すことがイロハのイでしたが、不透明で不確実な時代はP(計画)そのものが無意味だという声が強くなってきています。中期計画はおろか年度計画も長期計画も不要だというのです。
また、VUCA時代はOODAループにすべしという提唱もあります。OODA(ウーダと読むそうです)とは「観察する(Observe)」「状況を理解する(Orient)」「決める(Decide)」「動く(Act)」の頭文字です。確かに一理あります。その日暮らしの成り行き経営におけるOODAは有効だと思います。しかし、夢がありません。希望がありません。10年、30年、50年先を見据えてビジョンを持つ事はとても重要で経営者の責務です。その時に、直視しないといけないのは「もし今のビジネスモデルが破綻して倒産するとすれば何か、アキレス腱は何か」をキチンと認識することです。