企業経営の基本は「永続」することです。「永続」するには存続経費としての相応の利益が必要です。つまり、黒字でなければなりません。「赤字は罪悪だ」という考えもこうした点から出ています。
利益を出す方法は4つあって、(1)売上高を増やす。売上高は客数×客単価ですので、顧客開発と価格改定です。(2)付加価値を高める。他社にない特徴ある製品や商品を開発することです。(3)経費削減です。最大の経費である人がらみの経費を見直す。給与を上げて設備投資で少数精鋭化する。(4)生産性(回転率)を上げる。(1)は相手のあることなので提案力と知恵が必要です。(3)(4)は自助努力でできますが覚悟が必要です。(2)は顧客ニーズに自社のシーズで対応することで実現します。忍耐と時間が必要です。「入るを図って出を制す」とも言います。収入は売上ではなく入金額です。売上高を上げてしっかり回収する。収入に見合った身の丈にあった支出をすることです。
国家経営においても基本は同じですが一つだけ違うところがあります。それは「通貨発行権」です。1972年のドルショックまでは金本位制でしたので、通貨は価値不変のGOLDの裏付けがありました。だから安心して原価100円のお札を1万円の価値として信用していたのです。経済が成長すると裏付けとなるGOLDの保有量が追いつきませんので、金本位制を廃止して変動相場制になりました。アメリカ国家の信用だけでドルが流通するようになりました。同様の意味で円、ユーロ、人民元、SDRも使用されています。今では暗号通貨という国家信用さえ必要のないものまで出てきました。次元は全く異なりますが企業にも似たようなものがあります。「ポイント」とか「マイレージ」とか「〇〇pay」と呼ばれる通貨同等の価値を有するものです。
「通貨発行権」があると国家経営は企業経営以上に創造的に行えます。通常、収入となる税収が少なくて支出が多い場合には財政赤字になります。すると収入を増やすには増税します。平成元年に導入された消費税はその典型的な手法です。3%→5%→8%→10%と国家の意思で変更できます。所得税や法人税や相続税等もそうです。今はやりの「103万円の壁」もこの分野の議論です。
一方、支出を減らすには社会保障を減らす、補助金を減らす、公共事業を減らす・・・つまり国民の負担を増やす方法です。できる限り借金せずに自助努力で財政均衡(プライマリーバランス)を図る。「良薬は口に苦し」というではないか、皆で我慢して乗り越えようという考え方が浸透しています。
これを突き詰めてゆくと、収入減→増税→収入源→増税の「じり貧スパイラル」に陥ってしまいます。
ところが「通貨発行権」があると増税に頼らない方法で収入を増やすことができます。つまり政府発行の国債を日銀が買うことでその見返りに紙幣を印刷することです。
「じり貧スパイラル」の社会実験を40代以上の方は体験しています。好景気のバブル期に社会保障の財源として1989年に消費税が導入され、翌年バブル鎮静化のために総量規制が実施され、一気に不景気になり税収が10%以上減少しました。どうなったかと言いますと、企業は大規模なリストラ、新卒採用中止(世にいう「就職氷河期」)、非正規社員への切り替え等の人件費を削減することで業績を改善し乗り越えました。その結果、完全失業率は5%を超え、約350万人が失業しました。
徐々に環境適応してやっと上向き軌道に入った1997年に「プライマリーバランス」という常識が聖域にまで高められたころに消費税を5%にアップしました。すると、同じように景気が低迷し、リストラ、人件費削減、非正規社員の大幅増加によって業績は上がりましたが、社員の実質賃金は下がる一方で税収は漸減しました。そこに2008年のリーマンショックが発生しとどめを刺されます。1989年に60兆円あった税収は2009年には38兆円にまで落ち込みました。
民主党政権誕生、東日本大震災を経て自民党が政権交代しました。発足した安倍政権2.0は「アベノミクス」(3本の矢)を引っ提げてもう一つの壮大な社会実験「異次元の成長スパイラル」を断行しました。国家経営の聖域「プライマリーバランス」を放棄したのです。
景気回復のために大量に国債を発行して需要を創造すればハイパーインフレという深刻な副作用が起きるので国家経営は「プライマリーバランス」を目指さねばならないという聖域にはだれも踏み込みませんでした。
安倍政権はアベノミクスでこの聖域に踏み込み日銀を思いっきり働かせて、異次元の金融緩和を行いました。国債を毎月7兆円購入させ、その見返りとして相当額の紙幣を印刷して市場に投入させたのです。金利は限りなくゼロに近い金利です。効果はてきめんでした。
アベノミクス以前は日銀の国債保有額は約70兆円前後でしたが、翌年には約140兆円と倍増しました。年々増発され、2019年の安倍政権終了時点では450兆円(2024年末で約570兆円)になりました。それだけ大量の紙幣が印刷されて市場に投入されたことになります。世界でも稀なマイナス金利も導入しました。それでもハイパーインフレはおきませんでした。それどころかデフレ退治すらできなかったのです。
最近の岸田政権以降の総理大臣の発言の端々に聖域回帰の「プライマリーバランス」「財政均衡化」という言葉が散見されます。最大野党の野田党首も口に出しています。またしても「じり貧スパイラル」をやろうとしています。そこにトランプ関税がやってきました。石破総理は「国難」とおっしゃいましたが、私は「異次元の成長スパイラル」に入る千載一遇のチャンスだと思います。ちなみに日本の2023年度の貸借対照表では約700兆円の債務超過です。民間企業なら誰も相手にしませんが、日本は世界中から信用されていますし元気です。それは、優良資産が多く、アメリカ国債、NTTやJTの株式、一等地にある広大な土地等の含み益は相当あるからです(計算していないのでわかりませんが)。さらに通貨発行益は埋蔵金扱いですので、少なく見積もって国債発行残高(約1070兆円)×金利2%=23兆円、人によっては日銀が保有する国債は紙幣が印刷されて市場に流通しているのですべて「通貨発行益」だという考えもあります。欧米では国債の外国人保有比率は30~50%と高いですが、日本は13%(2024年度末財務省)と低く財務は極めて健全といえます。
では私たちは「じり貧スパイラル」という聖域を選ぶのか、「異次元の成長スパイラル」を選ぶのか。中小企業の経営者にできることは限られますが、事業経営している日本国を関心をもって探求することはできます。
例えば、水道管の更新問題があります。耐用年数は40年と言われていますので今後20年以内に更新しないといけない水道管の総延長は約14000kmあります。1kmの工事費は約2億円と言われていますので、単純計算で2兆8000億円です。財源がないので計画的な更新工事ができないので、漏水事故が起きたらその都度工事をするという復旧対応をしています。同じ道路を何度も通行止めにして掘り返し悪路にしながらも生活の質を低下させてゆくという愚を犯しています。
格差是正と景気活性化のために消費税減税が叫ばれていますが、一向に議論が進みません。消費税は1%当たり2.7兆円と言われていますので、5%減税しようとすると13.5兆円必要になります。「どこから財源を持ってくるのか」という意見に対して反論できず、停滞しています。
「財源は増税することなく創造できる」という安倍政権の社会実験「異次元の成長スパイラル」が証明しているのですが・・・。