No.1367 ≪「令和のコメ不足」から企業経営を学ぶ(その2)≫-2025.5.30

前号(NO.1366)の続きです。伊勢の内宮ご正殿のそばにある「御稲御蔵(みしねのみくら)」はご正殿と唯一神明造で建築されています。米は神々と同じ神聖なものだったのです。時代が進み、荘園の多寡で勢力が図られ、石高の多寡で大名の位が決まりました。長期保存が可能な「米」の自給率100%維持は政権の永遠の使命です。

国が発展すると農村から都市へ人口移動が起こり、貨幣経済が発展することで1次、2次、3次産業へと進化し、たんぼから離れれば離れるほどあって当たり前の米の存在はどんどん薄れてゆきました。その間、それを生産する農民(かって百姓を「おおみたから」と尊称していました)の生活環境は「生かさず殺さず」の状態が続いたのです。

それはさておき、クボタのホームページhttps://www.kubota.co.jp/kubotatanbo/data/yield.htmlを元に2020年と2010年の10年間を比較すると、生産農家戸数は174.7万戸(▲31%)、生産農家人口は349万人(▲47%)、新規就農者は変わらず毎年5.3万人、水稲収量は776.3万トン(▲8%)、水稲作付面積は146.2万ha (▲10%)、平均年齢は68歳(+2歳)です。これらのデータからすると、農家の大規模化並びに生産効率は随分と改善が進んでいることがわかります。水稲農家は全体の55%といわれていますので戸数当たりの水稲面積は1.5ha(10年前は1.2ha)と規模拡大が進んでいます。
また、農林水産省のホームページによると、事業として取り組む農業生産法人は2005年の1.9万社から2020年には3.1万社にまで増加し、平均年商3.3億円/社、耕地面積の25%、販売額では40%のシェアを占めるようになっています。規模拡大による収益性の改善が進み伝統的な農業の世界に経営的視点が浸透しつつあります。

しかし、いまだに農家の95%は赤字と言われており、その忍耐に依存して成り立っているのが現実でしょう。
農家だった実家の兄は「百姓以外なら何でもできる」が口癖で手伝うけれど継ぐつもりはないと町に出ました。次兄も私も全く同感で農業を継ごうとは思いませんでした。米は秋に収穫できますが作柄によって収入が大きく変動します。季節の野菜や果物を出荷して現金収入を得ようとしても肥料代や手数料を引かれて収入は月に1万円程度でした。田んぼを借りて大きく生産しようとすると設備投資が必要です。それも借金しなければ購入できません。食料は肉や魚以外は自給自足なので生活費が少なくて済みますが、ゆとりは全くありません。やればやるほど赤字になり、その赤字を埋めて子供にまともな教育を受けさせようとすると町に働きに出なければなりません。出勤前に農作業して、帰宅後も夜遅くまで農作業して、休みはもちろん農作業。おそらく年間労働時間は通勤時間と食事と睡眠時間を除くと優に4500時間を超える過酷な生活が兼業農家の日常です。しかも山間地では小規模なたんぼが離ればなれに点在するため効率は最悪です。農道も危なっかしいかぎりです。父が町に働きに出ても兄は中学卒業後住込みで丁稚奉公しました。少し生活が楽になり、次兄は高校、私は大学まで出してもらえました。
そこに減反政策が施行され、米を生産しなければ補助金をもらえるようになりました。収入は増えて生活は安定しました。なんとも皮肉な話で作らない方が安定するのですから。父は高齢で農作業できなくなると廃業しました。

そこで、農業ビジネスで生計を立てる採算を考えてみました。
まず、一人で専業する場合です。一人で耕作できる面積は平均2haで、そこから上がる米の収量は約12トン(60kg袋で200袋)。国の買い上げ価格は13000円/60kg袋とすると、売上高は260万円。kg単価は217円。2024年の日本人の平均年収を426万円(doda調べ)とし、材料費、経費(包装代、農薬代、機械の減価償却費、保管倉庫等)を年間200万円とすると、年間366万円の赤字です。生産意欲を掻き立てるには黒字にする必要があります。そうすると損益分岐点となる原価は31300円/60kg(521円/kg)です。計算式は(426万円+200万円)/200袋=31300円。

次に、農業生産法人化する場合です。耕作面積を20ha、社員を4人、経費は3倍とすると同じ条件で300万円の黒字になり、原価は11500円/60kg(192円/kg)になります。さらに二期作が可能になると、利益は倍増し原価は35%コストダウンし7200円台(120円/kg)になります。品種改良が進めば農業ビジネスは高収益ビジネスになります。

農家の生産原価に流通段階ごとの経費や利益が加算されて店頭に陳列されますので、2ha程度の小規模生産をベースとして考えると当然価格は高くなります。仮に500円/kgとするとどの程度の価格になるかお分かりになると思います。ユニクロのようにSAP方式で農家が顧客に直販する事例も増えていますから、流通段階の構造改革が進めば面白いビジネスになります。しかし、兼業農家にしわ寄せをしたままだと誰もが損をする状態が続いてしまいます。

ここで農事生産法人を営む知人M氏から頂いた手紙をご紹介します。
「国は米余り対策として1970年から本格的な生産調整、いわゆる減反政策を基本にした「経営所得安定対策と米政策」を進めている。この政策の根底にあるのは、いかなる事態が生じても国民の食糧・米は確保するという大義である。この間政策の内容は紆余曲折する猫の目行政と揶揄されているものの、どんなことがあっても水田は維持してゆくという国の基本的な考えであると理解している。後退することなく一層強化して推進することを望む。しかし、時には外部からの圧力によってこの考えが変えられることがある。最近では2022年度に、水田の畑地化事業が始まった。これは用排水路を除去し、水田を畑に変え、小麦や大豆、あるいは野菜を作付けるというもので、そのきっかけは、ロシアのウクライナ侵略が始まり、ウクライナ、ロシアからの小麦の輸入がむつかしくなったことへの一時的な対策に端を発したものだったと思う。畑地化された水田は、いずれ宅地化、工業団地への転換につながったり、雑草が生い茂り、そして雑木林となり、元の水田には戻らないだろう。
農村の疲弊、農業者の高齢化、農業従事者の減少など農業を取り巻く環境は、年々厳しくなってきており、それに合わせて、国の農政も紆余曲折してはいるものの、殊、水田農業政策は大幅な変更なく続けられていることは賞賛に値する。瑞穂の国の根幹は、米であり、水田である。稲作ができる水田が確保されておれば、1億の民は飢えることはない。燃料がなくなれば、牛、馬の活用で代替できる。田植え、稲刈りも人力でできる。
この政策維持に要する国の予算は約3000億円、100兆円を上回る国家予算に比してたったの3000億円と考えるのが私の考えである。」

これらを俯瞰すると農政の役割が極めて大きく、ものすごく大きな可能性を秘めていることがわかります。海外との価格競争力も強化されます。そのためには、イノベーションが必要です。一つは多期作が可能な環境整備。二つ目は収量増大の種子開発。三つめは生産性を激増させる圃場整備、四つ目が農業ビジネス参入への規制緩和、五つ目は構造改革です。
M氏の手紙にある様にいったん水田を畑地にしてしまうと元に戻すには気の遠くなるような時間がかかります。
今回の事件は旧来の陋習に依拠した農政から、持続可能で高収益の成長産業としての農政へ転換する潮目をあぶりだしてくれたと思いたいです。
企業経営ではプロダクトアウトの時代は終わり、マーケットインにシフトして半世紀以上経過しています。いまだに供給サイドの視点しかもたない組織はとても危険です。新しい発想でコメ余りに苦労して減反政策を行ったトラウマ(羹に懲りてなますを吹くという愚)から脱却しなければなりません。私たちもこのような愚を犯さないように大いに注意したいものです。