「会社は誰のものか?」という古くて新しい命題があります。経営者?株主?社員?お客様?関係者? いろいろな声がありそうです。私は「社会」のものだと思っています。正確には社会を含む社員、お客様、株主のものです。
支援先に対して「上場するかどうかは別にして、上場基準を満たしましょう」と提案しています。必ずしも上場することが会社のゴールではありませんし、上場のメリット・デメリットを考えると必ずしも喜ばしいことばかりではありません。かって在籍していた会社で、社長の店頭公開宣言によって公開準備が始まり、ありとあらゆる規定類が整備され、それが分厚いファイル何冊にもなり、各拠点に常備されました。毎月5営業日までに目標の差異分析をします。売上高の±10%、利益の±30%以上の差異が生じた場合は細かい根拠説明が必要でした。バブル崩壊後IPO市場はシュリンクし、予定より相当遅れて1991年後半に公開しました。従来の属人的で個人商店的なやり方でのびのび仕事をしていたベテラン社員は詳細で窮屈な規定の下で仕事をするのを嫌いやめてゆかれました。しかし、新しく入社した方はわかりやすいのでスムーズに即戦力になってゆきました。市場のルールに合わせなければならないので文書が増えたのは事実です。当時はまだペーパーレスやデジタル化が進んでいませんでしたので膨大な紙と格闘していました。今はDXの時代ですからもっと楽に仕事ができるでしょう。
メリットは経営者には売却益は非課税のキャピタルゲインがあり、社員には持株会に入会し配当を受けることができました。当初から持株会に入っている社員は2倍増資、10倍増資と持ち株数が自然に増えてきますので、あっという間に10倍以上の株数になり、額面価格が時価になることで出資金額の30倍以上の資産価値になりました。実際には売却しなければ現金は手に入りませんが、簿外貯金のつもりで気分的にも裕福になりますし、配当金はちょっとした臨時ボーナスになりました。知名度も上がるので、リクルートや営業活動が多少はやりやすくなりました。上場初日のご祝儀相場で売却し家のローンを完済した幹部もいました。
創業者一族が株式を所有するMy Companyから社員持株会が発足したOur Companyへ、そして公開企業になってYour companyに成長してゆきました。当時はこれが正しい企業のあり方だと信じていました。
ところが、米ソ冷戦が終わりベルリンの壁が崩壊して世界はアメリカ一国主義「パックス・アメリカーナ」の時代になり、アメリカの資本主義が最も優秀だと持てはやされ、急激に投資家優先、利益よりも時価総額優先、ROE優先に進み、CEOを中心とする経営陣の報酬や株主配当が桁外れに高くなってゆきました。社員は給与が上がらないのに経営陣や株主は多額の報酬を手にする。高収益企業になるためにリストラが横行し、一部の人だけが潤うようないびつな形になって行きました。日本もその影響を多少なりとも受け、社員と経営陣の報酬倍率がどんどん開いて行きました。
その結果、仕事の仕方も随分と変化してゆきました。利益を上げないと株価が上がらないので、いかに利益を上げるかが社内の評価基準となり、受注単価が都度更新され、記録を作った社員がヒーローになりました。お客様に寄り添い共に成長することにやりがいを感じていましたが、それでは評価されなくなってゆきました。お客様の喜ぶ顔を見て喜ぶ仕事の仕方ではなくなってしまったのです。
それでも「上場基準を満たしましょう」と提案するのは、「上場企業並みの社内システムの整備をしましょう」という意味です。ルールやデータの整備や組織の明確化、職務基準の明確化、評価基準の明確化、コンプライアンス対応の明確化が進むからです。当然、商品やサービスに磨きをかけてゆかねばなりません。厳しい世間の目に耐えうるだけの内部充実をしなければなりません。
東洋経済によると役員の平均年収と社員の平均年収の倍率(出所:https://toyokeizai.net/articles/-/397196)を2020年実績でみると1位の武田薬品工業が55倍、2位のUSJが48倍、3位のソフトバンク43倍、100位の野村ホールディングスで12倍、498位の島津製作所7倍。最も上場企業なのでもともと平均給与も高いので498位の島津製作所でも社員平均年収は816万円です。アメリカのそれは50年前の20倍に対して2013年は300倍まで拡大し、今は600倍ともいわれています。さすがにここまで来ると行き過ぎではないかと思います。
公益資本主義を提唱されている原丈人氏の「公益資本主義」(文芸春秋社刊)によると、過去30年間の当期税引き後利益÷(株主配当+自社株買い総額)の比率を見ると、IBMが113%、マイクロソフトが119%、ファイザーが137%、タイムワーナーが280%、ディズニーが100%だそうです。つまり、稼いだ利益以上に借金して自社株買いを推進し、結果的に割高になった株主配当をやっていることになります。内部留保する余裕があれば株主配当に回せという発想です。一方社員の平均年収は300万円程度と日本より低い状況になっているそうです。
アメリカの全産業の自己資本比率は2000年実績で8.9%(出所:経済産業省https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/gaisikei/result/result_33/h2c210bj.html)で年々低下しています。このような考え方をすれば当然そうなります。これに対して日本は42%あり、年々上昇していますので、まだ間に合います。
このような欧米型の市場原理主義とそれを統制するコンプライアンスを日本も積極的に導入していることになります。今でこそ、日本の民間企業の内部留保額は756兆円(出所:法人企業統計年報2019年3月実績)ありますが、アメリカ型の資本政策を推進すると含み益のないスカスカの社会になり、1094兆円ある国債の返済原資はなくなってしまうかもしれません。
会社は社会の公器です。安全で豊かな社会を育まねばなりません。安全で豊かな社会とは「一億総中流社会」のような中間層の厚い社会です。桁違いな高給取りもいない代わりに生活貧困者もいない状態です。それぞれの会社でこのような中間層が大きくなることで会社は安定し、社会は安定します。世界のトップ22人の富裕者が持つ資産は6億人のそれより多いという社会はやはりおかしいです。