No.1364 ≪会社で一番だいじなこと≫-2025.5.15

快晴に恵まれ空には白い雲が浮かんでいる梅雨入り前の沖縄で、お茶の稽古に行くと茶室の床の間の掛け軸に「白雲自去来」とありました。先生の説明によると禅語の対句で『青山元不動(せいざんもとふどう) 白雲自去来(はくうんおのずからきょらいす)』といい、後の句の「白雲自去来(はくうんおのずからきょらいす)」とは、白い雲が大空を自由自在に行ったり来たりするさまを表し、これはものにとらわれない執着しない心とも、煩悩や妄想によって引き起こされる心の乱れともとらえられる。自由自在に動いてやまない雲の向こうにはどっしりとして動じない山がそびえたっている。雨が降ろうが風が吹こうが動じない山は動いてやまない雲によっていっそう強調されると同時に、雲もどっしりとして動かない山があるからこそ美しい。翻って、自由なだけでは不十分で不動の山という存在があって初めて自由に意味が出てくる。外的な影響に一喜一憂して左右されることなく不動心を持ちたいものだという意味だそうです。
出所は「五燈会元」で南宋時代(1252年)に、大川普済が編纂した禅宗の五灯録(景徳伝灯録、天聖広灯録、建中靖国続灯録、聨灯録、嘉泰普灯録)をまとめた書物です。

ややもするとVUCAの時代は不安にさいなまれ、思考は悪い方に悲観的な方に引きずられがちです。心は乱れに乱れ、ネガティブな妄想に支配されてしまいます。「白雲」は何物にもとらわれない執着しない心でもあるのでポジティブな発想に変えることも自由自在だということ。大事なことは「どっしりとした何か、不動心」を持つことだと思いました。不易流行ともいわれます。不易とは変えてはいけないもの、流行とは変えないといけないもの。「易」という字は「変る」という意味ですので、不易とは不変という意味です。何が不変かというと常に変化し生成化育する宇宙の働きは不変であり、宇宙は常によりよく進化する動きを止めないという意味です。私はこれを経営に応用して「北極星を持つ」ことだと解釈して提唱しています。

茶道には「和敬清寂(わけいせいじゃく)」という千利休が提唱したと言われる「調和」、「敬意」、「清浄」、「静寂」の四つの精神があります。「和」は、亭主とお客がお互いに心を和らげ、調和を保つこと、「敬」は、お互いを敬い、自然や道具を大切にする心。「清」は、茶室や道具を清浄に保ち、心を清めること。「寂」とは、どんな状況にも動じない心の状態を指します。ここにも「不動心」の重要性が説かれています。また、「一期一会」もよくつかわれる言葉です。群雄割拠する下剋上の戦国時代に生きる武将が、明日は敵味方となるか、戦場で散るかしれないけれど、このひととき、この一服を楽しもうという心のありようです。いずれも「白雲」と「清山」につながる心のありようです。

さて、もう一つ古い言い古された言葉をお届けします。
孟子の「公孫丑・下」にある「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」という言葉です。会社発展し成功する重要な三要素「天の時、地の利、人の和」について順番があることを示しています。
たとえ天が与える好機(天の時)も絶好の市場や場所(地の利)にはかなわない。しかし、いくら最高のこれ以上ないという場所(地の利)があったとしても社員や取引先との良好な関係性(人の和)がなければチャンスを生かすことはかなわないという意味です。 どんなに良い機会や条件が揃っていても、人々が協力しなければ、それは活かせない。日頃から良好な人間関係を築くことが大切だと言っています。

「なんだ、当たり前じゃないか」と言われそうですが、これがなかなかむつかしいのです。社員が退職する最大の要因は人間関係です。表向きは待遇面の不満や入社時に聞いていた仕事内容と違うとか、会社の仕組みが納得いかないとか言いますが、真の理由は人間関係です。人の話を聞いてくれない、上から目線で注意される、一方的に決めつけられる、提案が否定される、暴言を吐かれる等。人は皆個性があり、相性があり、適性があり、得手不得手があり、要領や理解度が異なります。一つの物差しで見てしまうと基準に合う社員は優秀で、合わない社員はダメ社員になってしまいます。しかし、長い目で見るとダメ社員が会社を背負って立つ中興の祖となるぐらい優秀な社員に変わることはままあることです。長い目とはどの程度の期間で見るかといえば、最低でも3年、石の上にも三年というではないですか。ご縁があって採用した以上はその才能を活かせないのはトップや上司の問題です。

神様は短所は見える処に、長所は見えないところに隠していると言われています。見えない長所を見つけ出して伸ばすのがトップの最も重要な仕事だと言われます。基準に合わないから、相性が悪いから、協調性がないからと排除してゆくといずれ誰もいなくなってしまいます。孟子の言葉は「人の和」が重要だというのはまさにそのようなことではないでしょうか。