No.1179 ≪知情意の研究 泣くから悲しいのか、悲しいから泣くのか≫-2021.9.16

~今日は少し小難しいので、お時間のない方は読まなことをお勧めします~
皆さんは「経営者は知情意のバランスを取るべし」という言葉をご存じだと思いますが、知情意の中でどれが最も重要な能力だと思われますか?
夏目漱石は小説「草枕」の冒頭で主人公の「余」に「知に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると安い所へ引っ越したくなる。どこへ越しても住みにくい、と悟った時、詩が生まれて、画ができる。」といわせて知情意の本質を喝破しておられます。

物の辞書によれば、「知」とは理性、即ち筋道を立てて考え、正しく判断する能力で、本能・感情・欲望を抑え自分を律する先天的性質・能力とあり、「情」とは感情(feeling)のことで物事に触れて生じる心の状態をいい、喜怒哀楽・快不快などを表す。これを脳科学と心理学では感情を元に情動(emotion)があると説いており、情動とは心理学でその影響が身体に現れるほど強い怒り・恐れ・悲しみ・喜び・などの一時的な感情の事と言い、エモーションともいう。「意」とは物事を進んでしようとする心の働き、または目的を実現しようとするための活動のもととなる能力をいう。選択肢が多い時はその動機・目的・手段・結果を踏まえてその中の一つを特に選び出す心の働きをいうとあります。

そこで問題。夜に空腹を感じ、ふと冷蔵庫を開けると、大好きな「ケーキ」が入っている。にんまりして心がウキウキ、よだれが出た。すると、知性が即座に3案立案した。A案:これを食べると空腹を解消できる。B案:これを食べると肥満を促進するから食べてはいけない。C案:水を飲んで空腹をごまかすことができる。意志はダイエット中であることを気づかせて、C案を選択した。しかし、感情はケーキのおいしさを呼び起こしA案を主張した。そしてあなたの心は〇案を選択し、それを実行した。ではあなたは何を選択しましたか?

さらに「情」の問題。心理学の古典的命題で「悲しいから泣くのか、泣くから悲しいのか」という問題があります。あなたはどちらだと思いますか?
正解は、「泣くから悲しい」です。その場面を見て、まず情動が現れ、それを認識して感情が現れるそうです。
例えば、山道で突然熊と遭遇する。その瞬間、体がこわばり、心臓が脈打ち、冷や汗が出る。その0.5秒後「怖い」と感じる。まずは体が反応し、それから感情が現れるのです。しかし私たちの感覚ではほぼ同時に感じます。

次に「知」。「知はこころに生じる多様な思いであり、知識、認知、知能、知性、智慧、知覚等があり、記憶をもとに差異や類似を判断し、カタチとしてとらえることで自分と世界を理解しようとするのが知である」(山鳥氏2001)と定義できます。
「知」には大きく4つの働きがあり、それぞれが瞬間的にネットワークされて形となります。【知覚】視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚・運動覚の6つの知覚を使って認知し経験として記憶される。そして知覚情報を受け取り、分別したり、類似を判断して、必要な形をつくる【超知覚】という中央処理装置に回ります。それを【言語】によって自由自在に出せる声を使ってカタチを表現する。日本語の音は112音。中国語は1277音と民族によって違いがありますが、誰でもわかるように視覚化・客観化したものが文字で知覚・超知覚で認識したものを言語で表現する機能です。それがさらに【記憶】エリアに移動し、知覚でインプットされ、超知覚で融合され、言語で表現された森羅万象の形が記憶されて蓄積される。必要に応じて取り出され再利用される。これらのネットワークが「知」なのです。
こころは経験したものを必ず記憶し、取り出すときに過去の経験そのままではなく今の心象に都合よく合わせることがあるそうです。覚えていないのではなく取り出せないだけです。
並外れた記憶力の人たちがいます。自閉症の少年は一度見た絵画や風景を細部に至るまで数日間記憶でき、学んでいない文字まで書くことができるし、左大脳に病巣があり、右手右足がマヒし、右目を摘出した発達障害の青年は一度聞いた曲をピアノで再生できるし、生後脳手術を受け障害児となった大江光さんは、多数の野鳥の泣き声を聞き分けることができるそうです。かれら並外れた記憶力は生来万人が有する能力ですが、経験した事すべてを記憶し続ければ膨大な量となり、未知の事象に対応するために適度にまとめたり省略したり消去したり無意識のうちに整理するようにできています。そうでないと過去ばかり肥大化し未来に向かえなくなるからです。

次に「意」は日常茶飯に使っていますが定義するのは結構むつかしいのでここでは割愛しますが、その本質は明確にしましょう。「意志の最も重要な働きは、未来の目的に向かって自己の行動の舵を取り続けること」であり、過去から現在に至るあらゆる「情」の働きと「知」の働きを総動員し、過去・現在・未来が接続されることです。
そこで、意志と願望の違いを整理すると、意志は具体的な目的を実現しようとする心の制御的な動きである。例えば目加田経営事務所創業時のビジョンは、「地球を西回りに東京に進出しようと決めてその実現のために生活スタイルを変える」ことが意志です。一方願望は、あいまいな将来像を心に浮かべその将来像の実現を期待する感情を言い、例えば「何か人のためになるでっかいことをやろう」というような場合です。願望が明瞭な目的の設定に成功するならば、その段階で願望は意志となるのです。

事例:アイオア州に住む35歳の建築会社勤務の男性が脳腫瘍で手術した。手術は成功し退院したが、知人とベンチャー事業に全財産を投じて失敗し、職を転々とするが遅刻と乱雑さですべてクビになり、離婚・再婚・離婚を繰り返した。朝、仕事に行く準備に2時間、髭剃りと洗髪に1日かかる時もある。外食する場合、候補の店のあらゆる情報を比較して決められない。現地調査もするが決められない。買い物をする時も銘柄、品質、価格、買い方を徹底的に検討する。古いものを捨てられない。壊れたテレビ5台、扇風機6台、枯れた植物、電話帳、新聞どれも捨てられないのでごみ屋敷。その後の検査結果では、言語、記憶、知覚、構成、抽象、計算、見識等の能力は平均点以上で正常。論理的能力は正常で、政治や社会問題の議論もできるし、倫理的な的確な回答ができる。質問を理解できないことは一度もない。ところが実際の行動は破滅的で間違いだらけとなる。手術前の思考パターンは残っているが行動パターンは失われている。「頭ではわかっちゃいるが、やめられない」この事例から導き出されるのは、脳が損傷すると言語の行動への転嫁ができない。逆に言えば、言語が行動につながる意志生成に重要な役割を果たしていることがわかります。
その言語が「内言」(心の中で唱える言葉)と言い、内言を公言し、意志に同化し続ける力が無ければ意志は貫徹できない。繰り返し繰り返し己を言葉で励ますことで意志は固められてゆく。これが有言実行です。
「できるだけ大きく意欲的な目標を持とう。大ぼらを吹こう」というのはこのような心の仕組みを利用しているのです。
知情意の本質や仕組みを理解する事もまた経営を行う上で大事なことだと思っています。中でも言語の果たす役割はとても大きいものがあります。